百人一首の第15番は、光孝天皇(こうこうてんのう)が詠んだ、早春の情景と優しい心遣いを表現した歌として知られています。
百人一首『15番』の和歌とは
原文
君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ
読み方・決まり字
きみがため はるののにいでて わかなつむ わがころもでに ゆきはふりつつ
「きみがためは」(六字決まり)
現代語訳・意味
あなたのために、春の野原に出かけて若菜を摘んでいると、私の袖に雪がしきりに降りかかってくる。
背景
百人一首『15番』の歌は、光孝天皇によって詠まれた和歌です。この歌が詠まれた背景には、当時の宮中行事や風習が深く関わっています。古くから春の訪れを祝うために「若菜摘み」という風習があり、新春に若菜を摘んで食べることで邪気を払い、健康と長寿を願う習慣がありました。
この和歌は、光孝天皇が即位する前、親しい誰かに若菜を贈る際に添えたものとされています。また、この歌には春と冬の季節が交差する美しい情景が描かれており、自然と人の心情が見事に調和しています。単なる季節の描写ではなく、贈る相手への優しさや思いやりが込められている点が、この和歌の大きな特徴です。
語句解説
君がため | 「君」は、若菜を贈る相手を指します。大切な相手のために行動している様子を表現しています。 |
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春の野に出でて | 「春の野」とは、春の野原のことです。「出でて」は「出かけて」という意味で、春の野原に足を運ぶことを示しています。 |
若菜つむ | 「若菜」とは、春に芽吹く食用や薬用の草のことです。「つむ」は「摘む」という意味で、若菜を摘む行為を指します。若菜を摘むことは、昔から健康や長寿を祈る意味が込められています。 |
わが衣手に | 「衣手」は「着物の袖」を意味する言葉です。「わが」は「私の」という意味で、ここでは自分の袖に対して言及しています。 |
雪は降りつつ | 「降りつつ」は「降り続ける」という意味です。このフレーズは、若菜を摘んでいる間も絶えず雪が降り続けている情景を描いています。 |
作者|光孝天皇
作者名 | 光孝天皇(こうこうてんのう) |
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本名 | 時康親王(ときやすしんのう) |
生没年 | 830年(天長7年)~887年(仁和3年) |
家柄 | 仁明天皇の第三皇子で、宇多天皇の父。平安時代の皇族です。 |
役職 | 第58代天皇。即位する前は「親王」として活動していました。 |
業績 | 55歳で即位した後、藤原基経の補佐を受けながら天皇として3年余り在位しました。文化活動を重視し、和歌や和琴(わごん)をよく嗜んだことが知られています。鷹狩りや相撲など宮中行事の復活にも貢献しました。 |
歌の特徴 | 温厚な性格で、自然や季節を詠む繊細で優美な歌が特徴です。感情を穏やかに表現し、相手を思いやる心情が反映された和歌が多く、自然描写においても柔らかなイメージを大切にしています。 |
出典|古今和歌集
出典 | 古今和歌集(こきんわかしゅう) |
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成立時期 | 905年(延喜5年) |
編纂者 | 紀貫之(きのつらゆき)、紀友則(きのとものり)、凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)、壬生忠岑(みぶのただみね) |
位置づけ | 八代集の最初の勅撰和歌集 |
収録歌数 | 1,111首 |
歌の特徴 | 四季、恋、哀傷など多様なテーマに基づいた和歌が収められています。四季の歌は日本の自然美を表現し、恋の歌は人間の感情を深く掘り下げています。 |
収録巻 | 「春」21番 |
語呂合わせ
きみがため はるののにいでて わかなつむ わがころもでに ゆきはふりつつ
「きみがためはでにゆき(黄身固め派手に雪)」
百人一首『15番』の和歌の豆知識
光孝天皇は遅咲きの天皇
当時としては非常に遅い年齢での即位で、政治的な野心が強い人物ではなく、天皇になったのも周囲の支持によるものでした。この遅咲きの即位は、彼が温厚で文化を愛する性格だったことから、当時の政治の中で好ましい存在として評価されたためです。長年、親王として地位に甘んじていましたが、即位後は藤原基経に政治を任せ、文化活動に力を入れました。
若菜摘みの伝統行事
新春に若菜を食べると邪気が払われ、健康で長寿が保たれると信じられていました。特に1月7日に食べる「七草粥」はこの風習の名残です。歌の中では、寒さが残る中でも相手を思いやり、健康を願って若菜を摘む姿が描かれており、日本の季節感や伝統行事への思いが込められています。
雪と若菜
若菜は春の象徴、雪は冬の象徴であり、季節が移り変わる瞬間を象徴的に捉えた表現です。このような自然描写を通じて、作者はただ若菜を摘むだけでなく、春の訪れと冬の名残を同時に感じさせる情景を巧みに描いています。美しい風景が頭に浮かび、詩的な感覚を引き立てる歌の魅力がここにあります。
和琴(わごん)の名手だった光孝天皇
和琴は日本の伝統的な楽器で、上品な音色が特徴です。光孝天皇は、その繊細で優雅な音色を愛し、文化人として音楽にも深い理解を持っていたと言われています。歌と音楽の才能が豊かで、和歌を詠むことにも長けていた光孝天皇は、平安時代の貴族文化を象徴する存在でした。
まとめ|百人一首『15番』に関するポイント
- 百人一首『15番』は光孝天皇の歌である
- 原文は「君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ」
- 読み方は「きみがため はるののにいでて わかなつむ わがころもでに ゆきはふりつつ」
- 六字決まりで「きみがためは」が決まり字
- 現代語訳は「あなたのために春の野原に出かけ若菜を摘んでいると、私の袖に雪が降りかかってくる」
- 「君がため」は若菜を贈る相手を指す
- 「若菜つむ」は健康や長寿を祈る行為を表している
- 「衣手」は着物の袖を指す
- 「雪は降りつつ」は雪が降り続ける様子を描写している
- 光孝天皇は第58代天皇である
- 光孝天皇の本名は時康親王である
- 光孝天皇は55歳で即位した遅咲きの天皇である
- 和琴や和歌を好む文化人であった
- 百人一首『15番』の出典は『古今和歌集』である
- 『古今和歌集』は日本初の勅撰和歌集である
- 百人一首『15番』は「春」部門の21番として収録されている
- 若菜摘みは健康や長寿を祈る日本の伝統行事である
- 雪と若菜の対比が自然の移り変わりを象徴している
- 和琴の名手であった光孝天皇は音楽にも優れていた