百人一首の第41番は、壬生忠見(みぶのただみ)が詠んだ、秘めた恋心が思いがけず広まってしまったことを嘆いた歌として知られています。
百人一首『41番』の和歌とは

原文
恋すてふ 我が名はまだき 立ちにけり 人しれずこそ 思ひそめしか
読み方・決まり字
こひすてふ わがなはまだき たちにけり ひとしれずこそ おもひそめしか
「こひ」(二字決まり)
現代語訳・意味
私が恋をしているという噂が、もう早くも広まってしまった。他人には知られないように、心の中でひそかに恋心を抱き始めたばかりなのに。
背景
百人一首『41番』の和歌は、平安時代中期の歌人・壬生忠見(みぶのただみ)が詠んだものです。
天徳4年(960年)に村上天皇が主催した「天徳内裏歌合」において披露されました。この歌合では、「忍ぶ恋」をテーマに壬生忠見と平兼盛(たいらのかねもり)が和歌を競い合い、非常に優れた内容だったため勝敗の判定が難航しました。
最終的には村上天皇が平兼盛の歌を口ずさんだことで勝敗が決まり、壬生忠見は敗北します。この結果に壬生忠見は大きなショックを受けたと伝えられていますが、それほどまでに真剣な勝負だったことが伺えます。
この歌は、恋心の切なさと初々しさが素直に表現された名歌として今も評価されています。
語句解説
恋すてふ(こひすてふ) | 「恋しているという」という意味です。「てふ」は「といふ」が縮まった形で、「恋している」と噂されている状況を指します。 |
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わが名はまだき(わがなはまだき) | 「私の噂がもう早くも」という意味です。「名」は評判や噂を指し、「まだき」は「早くも」という副詞です。 |
立ちにけり(たちにけり) | 「立つ」は噂が広まることを意味し、「にけり」は完了と過去を表します。つまり、「噂が早くも広まってしまった」という意味になります。 |
人しれずこそ(ひとしれずこそ) | 「人に知られないように」という意味です。「しれ」は「知られる」の意味で、ここでは他人に気づかれないようにという気持ちを表しています。 |
思ひそめしか(おもひそめしか) | 「恋心を抱き始めたばかりだ」という意味です。「思ひ初(そ)め」は恋が始まったことを指し、「しか」は過去の出来事を示す表現です。 |
作者|壬生忠見

作者名 | 壬生忠見(みぶのただみ) |
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本名 | 同上 |
生没年 | 生没不詳 |
家柄 | 平安時代中期の歌人で、父は壬生忠岑(みぶのただみね)。父と共に、三十六歌仙の一人に数えられる名家の出身です。 |
役職 | 御厨子所(みずしどころ)で働き、その後、摂津大目(せっつだいさかん)という地方官に任命されました。高位の官職には就きませんでしたが、宮廷での職務に従事していました。 |
業績 | 百人一首に選ばれるなど、優れた和歌を多く詠んでいます。特に、「天徳内裏歌合」で平兼盛との競い合いが有名で、恋の歌の名手として評価されています。 |
歌の特徴 | 素直で繊細な恋心を詠むことに優れています。特に、自身の感情や内面の揺れを率直に表現するのが特徴で、恋の始まりや秘めた思いを丁寧に描写しています。 |
出典|拾遺和歌集
出典 | 拾遺和歌集(しゅういわかしゅう) |
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成立時期 | 1005年頃(平安時代中期) |
編纂者 | 花山院(かざんいん) |
位置づけ | 八代集の3番目の勅撰和歌集 |
収録歌数 | 1,351首 |
歌の特徴 | 優雅でしめやかな歌風が特徴で、贈答歌が減少し、旋頭歌や長歌が採用されています。古今集の伝統を重んじつつも、伝統の枠を超えた表現が多く見られます。 |
収録巻 | 「恋一」621番 |
語呂合わせ
こひすてふ わがなはまだき たちにけり ひとしれずこそ おもひそめしか
「こひ しか(来い鹿)」
百人一首『41番』の和歌の豆知識

「天徳内裏歌合」とは
歌合とは、二人の歌人がそれぞれ和歌を詠み、優劣を競う催しのことを指します。平安時代の貴族にとって、和歌の才能は教養や品格を示す重要な要素であり、歌合はその腕前を披露する場でした。
この歌合では「忍ぶ恋」を題材に、壬生忠見(みぶのただみ)と平兼盛(たいらのかねもり)が対決しました。
「天徳内裏歌合」は、その勝敗だけでなく、和歌の名勝負として後世に語り継がれています。百人一首にも両者の歌が選ばれ、今もなお多くの人々に親しまれています。
壬生忠見の悲劇的な結末
特に、勝敗の決め手が村上天皇のひと言だったこともあり、彼にとっては納得しがたい結果だったのかもしれません。その後の逸話として、壬生忠見は食事が喉を通らなくなり、やがて衰弱して亡くなったと言われています。ただし、この話は鎌倉時代の説話集『沙石集』に記されたものであり、実際の記録では彼がその後も活動していたことが確認されています。
したがって、悲劇的な結末というのは後世の脚色が強い可能性があります。しかし、和歌に全てを懸けていた彼にとって、この敗北が精神的に大きなダメージを与えたことは想像に難くありません。この歌合は、単なる勝敗以上に、当時の歌人にとっての名誉や誇りをかけた重要な場だったのです。
早くも恋心がバレてしまう歌
「恋すてふ」は「恋しているという」という意味で、「わが名はまだき」は「私の噂が早くも立った」となります。つまり、恋心を密かに抱いていたつもりが、周囲の人々に気づかれ、噂が広まってしまったことを嘆いているのです。平安時代は恋の噂が広がるのも早く、少しの変化でも周囲の人に察知されてしまうことがありました。この歌は、そんな状況を素直に詠んだものです。人に知られたくない恋心が意図せず伝わってしまうことは、現代でも共感できる感情かもしれません。
まとめ|百人一首『41番』のポイント
- 原文:恋すてふ 我が名はまだき 立ちにけり 人しれずこそ 思ひそめしか
- 読み方:こひすてふ わがなはまだき たちにけり ひとしれずこそ おもひそめしか
- 決まり字:こひ(二字決まり)
- 現代語訳:私が恋をしているという噂が早くも広まってしまった。他人に知られないように密かに思い始めたばかりなのに
- 背景:天徳4年(960年)の「天徳内裏歌合」で、壬生忠見と平兼盛が「忍ぶ恋」を題材に競い合い、敗北した壬生忠見の歌
- 語句解説①:恋すてふ‐「恋しているという」という意味で、「てふ」は「といふ」の縮まった形
- 語句解説②:わが名はまだき‐「名」は評判や噂、「まだき」は「早くも」を意味する
- 語句解説③:立ちにけり‐「立つ」は噂が広がること、「にけり」は完了と過去を示し「広まってしまった」の意
- 語句解説④:人しれずこそ‐「しれ」は「知られる」の意で、「人に気づかれないように」の意味
- 語句解説⑤:思ひそめしか‐「思ひ初め」は恋の始まりを指し、「しか」は過去の出来事を示す
- 作者:壬生忠見(みぶのただみ)
- 作者の業績:百人一首に選ばれ、「天徳内裏歌合」で平兼盛と競い合った恋の歌人
- 出典:拾遺和歌集(しゅういわかしゅう)
- 出典の収録巻:恋一・621番
- 語呂合わせ:こひ しか(来い鹿)
- 豆知識①:「天徳内裏歌合」とは‐村上天皇が開催した和歌の競技会で、壬生忠見と平兼盛が対決した場
- 豆知識②:壬生忠見の悲劇的な結末‐敗北のショックから食事が喉を通らなくなり、衰弱して亡くなったという逸話がある
- 豆知識③:早くも恋心がバレてしまう歌‐密かに抱いた恋心が、本人の知らぬ間に周囲に広まってしまった驚きを詠んだ歌