百人一首の第82番は、作者 道因法師(どういんほうし)が詠んだ、恋の切なさと人生の哀しみを描いた一首として知られています。
百人一首『82番』の和歌とは
原文
思ひわび さても命は あるものを 憂きに堪へぬは 涙なりけり
読み方・決まり字
おもひわび さてもいのちは あるものを うきにたへぬは なみだなりけり
「おも」(二字決まり)
現代語訳・意味
つれない人のことを思い悩み、命が絶えてしまうかと思ったけれど、どうにか生きてはいる。それなのに、耐えきれず流れ落ちてくるのは涙だったのだなぁ。
背景
百人一首『82番』の歌は、平安時代後期に活躍した道因法師(藤原敦頼)によって詠まれました。彼は宮廷で右馬助として務めた後、80歳を過ぎて出家し、晩年も歌道に情熱を注ぎ続けました。
当時の貴族社会では恋愛が和歌の主要なテーマであり、特に叶わぬ恋や切ない思いが数多く詠まれています。この歌も、つれない恋に悩む心情と、それに耐えきれず涙を流す心の弱さを描いています。
しかし、単なる恋の歌ではなく、人生そのものの苦しみや哀れさを象徴しているとも解釈できます。道因法師の人生経験と深い感情が反映された、味わい深い一首です。
語句解説
思ひわび | 「思ふ」(思い悩む)+「侘ぶ」(困り果てる、嘆く)の複合語。恋の悩みや思いが叶わない苦しみを表す言葉。 |
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さても | 「それでも」「そうであっても」という意味。 |
命はあるものを | 「命は」の「は」は、他のものと区別する助詞。「ものを」は逆接の接続助詞で、「命はあるけれども」という意味。 |
憂きに | 「憂き」は形容詞「憂し」(つらい、苦しい)の連体形。「に」は動作の対象を示す格助詞。ここでは「つらいことに」という意味になる。 |
堪へぬは | 「堪へ」は動詞「堪ふ」(こらえる)の未然形。「ぬ」は打消の助動詞「ず」の連体形で、「耐えきれない」という意味。 |
涙なりけり | 「けり」は詠嘆の助動詞で、「~だったのだなあ」と感情を込める。「涙なりけり」で「涙だったのだなあ」という意味になる。 |
作者|道因法師
作者名 | 道因法師(どういんほうし) |
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本名 | 藤原敦頼(ふじわらのあつより) |
生没年 | 1090年(寛治4年)~1182年(養和2年)頃 |
家柄 | 藤原北家の流れを汲む公家の家柄 |
役職 | 右馬助(うまのすけ/宮廷で馬の管理をする役職)、従五位上 |
業績 | 多くの歌会に参加し、晩年は出家して歌道に精進。『千載和歌集』に多くの歌が収録された。 |
歌の特徴 | 人生の苦しみや恋の切なさを表現した感情豊かな歌が多い。老境に至っても恋や人間の苦悩を詠んだ作品が多い。 |
出典|千載和歌集
出典 | 千載和歌集(せんざいわかしゅう) |
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成立時期 | 1188年(文治4年) |
編纂者 | 藤原俊成(ふじわらのしゅんぜい) |
位置づけ | 八代集の7番目の勅撰和歌集 |
収録歌数 | 1,288首 |
歌の特徴 | 平安末期の幽玄で温雅な歌風を特徴とし、新奇を抑えた調和の美を追求。釈教や神祇に特化した巻があり、雑歌には長歌や旋頭歌も収録。 |
収録巻 | 「恋三」817番 |
語呂合わせ
おもひわび さてもいのちは あるものを うきにたへぬは なみだなりけり
「おも うき(重い浮き輪)」
百人一首『82番』の和歌の豆知識
「うきにたへぬ」とはどういう意味ですか?
「憂き」は、叶わぬ恋や報われない想いによるつらさや苦しさを表し、「堪へぬ」は「耐えきれない」「こらえられない」という意味です。つまり「うきにたへぬ」は、「つらい思いに耐えきれない」という気持ちを表現しています。
この歌では、命はどうにか続いているものの、そのつらさや悲しみに心が耐えきれず、涙が流れてしまうという心情が詠まれています。恋のつらさや人生の苦悩が感じられる、心に響く表現です。
道因法師は歌好きすぎ?夢枕に立ったエピソード
『千載和歌集』に彼の歌が多数収録されたことを大変喜び、選者である藤原俊成の夢枕に立ち、お礼を伝えたという逸話が残されています。
このエピソードは道因法師の歌に対する情熱と人柄をよく表しており、平安時代の和歌の世界がどれほど人々にとって大切なものだったかを物語っています。
90歳でも歌合に参加!情熱を貫いた道因法師
歌会では、講師のすぐ隣に座り、耳を傾けて歌を聞こうとするほど熱心だったそうです。また、自分の歌が評価されなかったときには涙を流しながら抗議するほどの情熱を持っていました。年齢や身体の衰えに関係なく、最後まで歌を愛し続けた姿勢は、現代の私たちにも強い感動を与えます。
まとめ|百人一首『82番』のポイント
- 原文:思ひわび さても命は あるものを 憂きに堪へぬは 涙なりけり
- 読み方:おもひわび さてもいのちは あるものを うきにたへぬは なみだなりけり
- 決まり字:おも(二字決まり)
- 現代語訳:命は続いているが、つらさに耐えきれず涙が流れるという意味
- 背景:道因法師が晩年に詠んだ歌で、恋の苦しみと人生の哀しみを表している
- 語句解説①:思ひわび:「思い悩み、嘆く」という意味
- 語句解説②:さても:「それでも」「そうであっても」という意味
- 語句解説③:命はあるものを:「命は続いているのに」という逆説の表現
- 語句解説④:憂きに:「つらいことに」という意味
- 語句解説⑤:堪へぬは:「耐えきれない」という意味
- 語句解説⑥:涙なりけり:「涙であったのだなあ」と詠嘆を表す
- 作者:道因法師(藤原敦頼)
- 作者の業績:多くの歌会に参加し、『千載和歌集』に多くの歌が収録された
- 出典:千載和歌集
- 出典の収録巻:恋三・817番
- 語呂合わせ:重い浮き輪(おも うき)
- 豆知識①:「うきにたへぬ」の意味:つらい思いに耐えきれない
- 豆知識②:夢枕に立った逸話:藤原俊成の夢枕に立ち、お礼を伝えたとされる
- 豆知識③:90歳でも歌会に参加:耳が遠くなっても歌を熱心に聞き続けた