百人一首の第83番は、作者 皇太后宮大夫俊成(こうたいごうぐうのだいぶとしなり) が詠んだ、世の中の苦しみや孤独を山奥の鹿の声に重ね合わせた深い哀愁の歌として知られています。
百人一首『83番』の和歌とは
原文
世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる
読み方・決まり字
よのなかよ みちこそなけれ おもひいる やまのおくにも しかぞなくなる
「よのなかよ」(五字決まり)
現代語訳・意味
この世の中には、悲しみや苦しみから逃れる方法はないのだろう。思い詰めて山奥に分け入ったとしても、そこには哀しげに鳴く鹿の声が聞こえてくる。
背景
この歌が詠まれた背景には、平安時代末期の不安定な社会情勢や、人々の出家への関心が大きく関わっています。当時、戦乱や政治の混乱により、人々は世俗を離れて心の安らぎを求める傾向にありました。
作者の藤原俊成も、27歳という人生の岐路に立たされ、多くの友人が次々と出家する姿を見て深く思い悩んでいました。そして、自らも山奥に分け入ることで心の平穏を得ようと試みたのです。
しかし、山奥で耳にした鹿の哀しげな鳴き声は、世の苦しみや孤独からは逃れられないことを象徴していました。この歌は、当時の人々の心情や人生観、さらには自然との対話を通じて人間の心の葛藤を表現しています。
語句解説
世の中よ(よのなかよ) | 「よ」は詠嘆の間投助詞で、「ああ、この世の中は…」という感情を込めた表現。世の中の辛さや苦しみに対する深い嘆きを表している。 |
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道こそなけれ(みちこそなけれ) | 「道」は手段や方法を意味する。「こそ」は強意の係助詞で、後ろに続く「なけれ」(形容詞「なし」の已然形)で結ばれる。意味は「(苦しみから逃れる)方法などないのだ」。 |
思ひ入る(おもひいる) | 深く考え込む、思い詰めることを意味する。同時に「入る」が「山に入る」「隠遁する」という意味を重ねて表現されている。「思い詰めて山奥に分け入る」という二重の意味が含まれる。 |
山の奥にも(やまのおくにも) | 「山の奥」は人里離れた静かな場所や俗世間から遠く離れた場所を意味する。「にも」は、そこでもなお、という意味を含んでいる。 |
鹿ぞ鳴くなる(しかぞなくなる) | 「鹿」は一般的に哀愁や孤独を象徴する動物として和歌に多く詠まれる。「なる」は推定の助動詞で、「~しているようだ」という意味。意味は「鹿が悲しげに鳴いているようだ」となる。 |
作者|皇太后宮大夫俊成
作者名 | 皇太后宮大夫俊成(こうたいごうぐうのだいぶとしなり) |
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本名 | 藤原俊成(ふじわらのしゅんぜい) |
生没年 | 1114年(永久2年)~1204年(建仁4年) |
家柄 | 藤原北家の出身。父は権中納言・藤原俊忠。名門貴族の家系。 |
役職 | 皇太后宮大夫(皇太后の家政機関の長官)。正三位。 |
業績 | 『千載和歌集』の撰者として知られる。和歌論書『古来風体抄』を著し、「幽玄体」という歌風を確立。 |
歌の特徴 | 感情を素直に表現し、技巧に走らない抒情性がある。幽玄や余情を重んじた洗練された表現。 |
出典|千載和歌集
出典 | 千載和歌集(せんざいわかしゅう) |
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成立時期 | 1188年(文治4年) |
編纂者 | 藤原俊成(ふじわらのしゅんぜい) |
位置づけ | 八代集の7番目の勅撰和歌集 |
収録歌数 | 1,288首 |
歌の特徴 | 平安末期の幽玄で温雅な歌風を特徴とし、新奇を抑えた調和の美を追求。釈教や神祇に特化した巻があり、雑歌には長歌や旋頭歌も収録。 |
収録巻 | 「雑」1148番 |
語呂合わせ
よのなかよ みちこそなけれ おもひいる やまのおくにも しかぞなくなる
「よのなかよ やまのおく(世の中よ 山の奥)」
百人一首『83番』の和歌の豆知識
百人一首『83番』の表現技法とは?
まず「世の中よ」の「よ」は詠嘆の間投助詞で、作者の深い感情を表しています。「道こそなけれ」の「こそ」は強調の意味があり、「方法などないのだ」と悲嘆を強く表現しています。また、「思ひ入る」は「思い詰める」と「山に入る」の二重の意味を持つ言葉です。さらに「鹿ぞ鳴くなる」の「ぞ」も強意を表し、鹿の哀しげな鳴き声を印象づけています。
山奥という自然の静寂と鹿の声という孤独感を通して、人間の心の孤独や逃れられない苦しみが巧みに描かれています。このように、言葉一つひとつに深い意味と感情が込められた作品です。
「鹿」はなぜ和歌に登場する?
特にオス鹿がメス鹿を求めて鳴く声は、孤独や切なさの象徴とされていました。この歌でも、山奥で鳴く鹿の声が作者の孤独や悩みをさらに際立たせる役割を果たしています。山深い場所に分け入り、自然に身を任せてもなお消えない心の苦しみを、鹿の鳴き声が代弁しているのです。
また、鹿は季節の移ろいや自然の静けさを表す役割も果たしており、当時の人々にとっては特別な意味を持つ存在でした。
藤原俊成の人生のターニングポイント
当時の27歳は現代の感覚で言えば立派な大人であり、人生を真剣に考える時期でした。俊成の周囲では、多くの友人や知人が次々と出家し、俗世を離れて精神の安定を求めていました。俊成もまた、自分の人生をどう歩むべきか悩み、この歌を詠んだとされています。
結局、彼は出家せず、歌人として生きる道を選びました。この選択がなければ、後に『千載和歌集』の編纂や藤原定家(息子)の才能を引き出すこともなかったでしょう。
まとめ|百人一首『83番』のポイント
- 原文:「世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる」
- 読み方:「よのなかよ みちこそなけれ おもひいる やまのおくにも しかぞなくなる」
- 決まり字:「よのなかよ」(五字決まり)
- 現代語訳:世の中には苦しみから逃れる方法はなく、山奥でも鹿の哀しげな声が聞こえる
- 背景:平安時代末期の不安定な社会情勢や出家への関心が歌に反映されている
- 語句解説①:「世の中よ」…詠嘆の助詞「よ」で世の中への深い嘆きを表現
- 語句解説②:「道こそなけれ」…「道」は手段や方法、「こそ」は強調の助詞
- 語句解説③:「思ひ入る」…「思い詰める」と「山に入る」の二重の意味を持つ
- 語句解説④:「山の奥にも」…人里離れた場所でもなお孤独が存在することを示す
- 語句解説⑤:「鹿ぞ鳴くなる」…鹿の鳴き声が哀愁や孤独を象徴している
- 作者:藤原俊成(皇太后宮大夫俊成)
- 作者の業績:『千載和歌集』の撰者であり、『古来風体抄』を著した
- 出典:千載和歌集(せんざいわかしゅう)
- 出典の収録巻:雑部門1148番に収録
- 語呂合わせ:「よのなかよ やまのおく」
- 豆知識①:詠嘆や強意の表現技法を使っている
- 豆知識②:鹿は孤独や切なさの象徴として和歌に登場することが多い
- 豆知識③:俊成は27歳でこの歌を詠み、出家せず歌人として生きる道を選んだ