百人一首の第12番は、僧正遍昭(そうじょう へんじょう)が詠んだ、天女のように舞う乙女たちの美しさを讃えた歌として知られています。
百人一首『12番』の和歌とは

原文
天つ風 雲のかよひ路 吹き閉ぢよ をとめの姿 しばしとどめむ
読み方・決まり字
あまつかぜ くものかよいじ ふきとじよ をとめのすがた しばしとどめむ
「あまつ」(三字決まり)
現代語訳・意味
天を吹く風よ、雲のかよい道を閉ざしておくれ。天女のように舞う乙女たちの美しい姿を、しばらくこの地上に留めておきたいのだ。

背景
百人一首『12番』の歌は、平安時代の僧正遍昭(そうじょうへんじょう)が宮中で行われた「五節の舞(ごせちのまい)」を見て詠んだものです。
五節の舞は、新嘗祭(にいなめさい)の後に宮中で催される伝統行事で、貴族の未婚の娘たちが美しい衣装をまとい、優雅に舞います。遍昭はその姿を天から舞い降りた天女に見立て、「天を吹く風よ、雲の道を閉ざしてくれ」と願い、舞姫たちの美しさが永遠に続くことを望みました。
当時の宮中文化の華やかさや神秘的な美しさが背景にあり、この和歌には一瞬の美を留めたいという切実な思いが込められています。
語句解説
天つ風(あまつかぜ) | 天を吹く風のこと。ここでは「天を吹く風よ」と呼びかける形で使用されています。「つ」は古い助詞で、「の」と同じ意味を持ちます。 |
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雲のかよひ路(くものかよいじ) | 雲の中にある天上と地上を結ぶ通路のこと。天女たちがこの道を通って、天と地を行き来すると考えられていました。 |
吹き閉ぢよ(ふきとぢよ) | 風が雲を吹き飛ばして「雲のかよひ路」を閉ざしてほしい、という意味です。雲の道が閉じられれば、天女たちが天に帰るのを防げるという発想です。 |
をとめの姿(おとめのすがた) | 「をとめ」は天女を指す言葉です。この歌では、五節の舞を舞う舞姫たちの姿を天女に見立てて詠んでいます。 |
しばしとどめむ(しばしとどめん) | 「とどめる」という動詞の未然形に、意志を表す助動詞「む」がついて「しばらく止めておこう」という意味です。美しい舞姫たちが天に帰ってしまうのを、もう少し見ていたいという気持ちを表現しています。 |
作者|僧正遍昭

作者名 | 僧正遍昭(そうじょう へんじょう) |
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本名 | 良岑宗貞(よしみね の むねさだ) |
生没年 | 816年(弘仁7年)~ 890年(寛平2年) |
家柄 | 桓武天皇の孫で、皇族に連なる家柄。父は大納言の良岑安世(よしみね の やすよ)。 |
役職 | 出家前は、仁明天皇に仕え、蔵人頭(くろうどのとう)という秘書官のトップを務めていた。出家後は僧として高僧の地位に登り、僧正に任ぜられる。 |
業績 | 六歌仙の一人として知られ、平安時代の歌壇で大きな影響を与えた。後に、三十六歌仙にも選ばれるほどの実力を持つ歌人。 |
歌の特徴 | 出家前は情景描写や感情表現に優れ、優美で感傷的な歌が多い。出家後は、物事を客観的に捉える知的な歌を詠むようになり、心の深さや無常観が歌に反映される。 |
出典|古今和歌集
出典 | 古今和歌集(こきんわかしゅう) |
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成立時期 | 905年(延喜5年) |
編纂者 | 紀貫之(きのつらゆき)、紀友則(きのとものり)、凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)、壬生忠岑(みぶのただみね) |
位置づけ | 八代集の最初の勅撰和歌集 |
収録歌数 | 1,111首 |
歌の特徴 | 四季、恋、哀傷など多様なテーマに基づいた和歌が収められています。四季の歌は日本の自然美を表現し、恋の歌は人間の感情を深く掘り下げています。 |
収録巻 | 「雑上」(ぞうじょう)872番 |
語呂合わせ
あまつかぜ くものかよいじ ふきとじよ をとめのすがた しばしとどめむ
「あまつ をとめ(天津さんは乙女)」
百人一首『12番』の和歌の豆知識

「五節の舞」とは?
この舞は、選ばれた未婚の貴族の娘たちが奉納する神聖な舞で、その美しさは詠まれた歌にも残されています。僧正遍昭が見た五節の舞も、彼を強く感動させ、その美しさを天女の舞に重ねたのでしょう。
五節の舞は、当時の宮廷文化の華やかさを象徴する重要な行事でした。
歌に隠された無常観
「天女の姿をしばしとどめむ」という部分には、目の前の美しさがすぐに消え去ってしまうことへの切なさが込められています。天女の舞う姿は、儚くも美しい一瞬を象徴しています。
特に、僧正遍昭は出家した僧侶であり、無常という仏教的な考え方が根底にあるため、この歌にもその感覚が表現されているのです。美しいものほど短く儚い、という感情が見事に詠み込まれています。
僧正遍昭の恋愛伝説
特に、小野小町との恋愛伝説が有名です。「深草少将」として知られていた遍昭は、小町への想いを表現した歌も残されており、恋に命をかけた男として語り継がれています。
実際には出家して僧侶の道を歩むことになりますが、この恋愛伝説は平安時代の宮廷人たちの恋愛模様を垣間見ることができる興味深いエピソードです。
まとめ|百人一首『12番』のポイント
- 原文:天つ風 雲のかよひ路 吹き閉ぢよ をとめの姿 しばしとどめむ
- 読み方:あまつかぜ くものかよいじ ふきとじよ をとめのすがた しばしとどめむ
- 決まり字:あまつ(三字決まり)
- 現代語訳:天を吹く風よ、雲のかよい道を閉ざしておくれ。天女のように舞う乙女たちの美しい姿を、しばらく地上に留めておきたい
- 背景:五節の舞という宮中の舞楽を見て詠まれた和歌で、舞姫を天女に見立てている
- 語句解説①:天つ風‐天を吹く風を意味する呼びかけ
- 語句解説②:雲のかよひ路‐天と地を結ぶ通路
- 語句解説③:吹き閉ぢよ‐雲の道を風で閉ざしてほしいという願い
- 語句解説④:をとめの姿‐五節の舞の舞姫を天女に見立てた表現
- 語句解説⑤:しばしとどめむ‐美しい舞姫たちをしばらく留めておきたいという願望
- 作者:僧正遍昭
- 作者の業績:六歌仙の一人であり、三十六歌仙にも選ばれるほどの歌人
- 出典:古今和歌集
- 出典の収録巻:雑上 872番
- 語呂合わせ:あまつ をとめ(天津さんは乙女)
- 豆知識①:五節の舞‐新嘗祭後に行われる宮中行事で、未婚の貴族の娘が舞を奉納
- 豆知識②:歌に隠された無常観‐美しいものがすぐに消えてしまう儚さを表現
- 豆知識③:僧正遍昭の恋愛伝説‐出家前、小野小町との恋愛が伝説として語り継がれる