百人一首『72番』音に聞く 高師の浜の あだ波は かけじや袖の ぬれもこそすれ(祐子内親王家紀伊)

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百人一首の第72番は、作者 祐子内親王家紀伊(ゆうしないしんのうけのきい)が詠んだ、恋の駆け引きを巧みに表現した歌として知られています。

百人一首『72番』の和歌とは

原文

音に聞く 高師の浜の あだ波は かけじや袖の ぬれもこそすれ

読み方・決まり字

おとにきく たかしのはまの あだなみは かけじやそでの ぬれもこそすれ

おと」(二字決まり)

現代語訳・意味

噂に名高い高師の浜のむなしく寄せ返す波には、かからないようにしておきましょう。袖が濡れて困ったことになりかねませんから。
(浮気者と噂されるあなたの言葉に心を動かさないようにします。後で涙で袖を濡らすことになるかもしれませんから。)

背景

百人一首『72番』の背景には、平安時代特有の恋愛文化と、それを楽しむ貴族社会の風習があります。この歌は、堀河院艶書合(ほりかわいんえんじょあわせ)という洒落た歌会で詠まれたものです。平安時代の恋愛は手紙や和歌を通じて行われ、特に歌会では即興で歌を詠む技術が試されました。72番は、29歳の男性・藤原俊忠からの恋歌への返答として詠まれた粋な一首です。

俊忠が「夜にあなたと会いたい」と詠んだのに対し、祐子内親王家紀伊は「あだ波(浮気者の言葉)は気にしない」と切り返しました。これには、「高師の浜」という地名を掛詞として使い、機知を示しています。このやり取りは、貴族たちが恋の駆け引きを遊びとして楽しんだ時代を象徴しています。

語句解説

音に聞く「音」は「評判」や「噂」を意味します。「音に聞く」は「噂に名高い」という意味で使われています。
高師の浜和泉国(現在の大阪府南部、堺市から高石市にかけての浜)の地名。「高師」には「高し」という評判が高いことを掛けた掛詞の意味も含まれます。
あだ波「あだ」は「無駄」「浮気」を意味します。「あだ波」は、むなしく寄せ返す波を指しつつ、浮気性な人の誘い言葉を暗示しています。
かけじや「かけじ」は「あだ波はかけまい(波にかからない、気にかけない)」という二重の意味を持ちます。「じ」は打消の意志を表す助動詞、「や」は詠嘆の意味を強調します。
袖のぬれもこそすれ「袖が濡れる」というのは、涙で袖を濡らすことを指します。また、波で袖が濡れることを掛けています。「もこそ」は「困ったことになりかねない」という懸念を表します。

作者|祐子内親王家紀伊

作者名祐子内親王家紀伊(ゆうしないしんのうけのきい)
本名不明(「紀伊」という名前は夫または兄が紀伊守だったことに由来)
生没年不詳
家柄父は平経方(たいらのつねかた)。母は後朱雀天皇の第一皇女・祐子内親王に仕えた小弁(こべん)。
役職祐子内親王に仕えた女房。
業績女房三十六歌仙の一人。「堀河百首」など当時の歌会に参加。
歌の特徴繊細な言葉選びと巧みな掛詞を用い、特に恋愛の心情を詠むのが得意。機知に富んだ返歌で知られる。

出典|金葉和歌集

出典金葉和歌集(きんようわかしゅう)
成立時期1124年(天治元年)頃
編纂者源俊頼(みなもとのとしより)
位置づけ八代集の5番目の勅撰和歌集
収録歌数約650首
歌の特徴新奇な表現や自然観照、田園趣味を重視。巻末に連歌を加えた革新性が特徴で、当代歌人の歌が多く収録されています。
収録巻「恋下」469番

語呂合わせ

おとにきく たかしのはまの あだなみは かけじやそでの ぬれもこそすれ

おと かけ(音を聞いてかけ出す)

百人一首『72番』の和歌の豆知識

「袖のぬれもこそすれ」の意味は?

「袖のぬれもこそすれ」とは、涙で袖が濡れることを暗示し、後悔や悲しみを予防したいという意図を込めた表現です。

袖が濡れるという表現は、平安時代では恋の悩みや悲しみを象徴するものでした。この歌では波がかかることと、涙で袖が濡れることを重ねています。祐子内親王家紀伊は、「浮気者の言葉に心を寄せると、結果的に涙で袖を濡らすことになるでしょう」と忠告する形で詠んでいます。実際、ここでの「濡れる」は波と涙の二重の意味を持っています。

この表現には、比喩的な意味が強く込められています。そのため、言葉の直接的な意味を超えた心情や文化的背景を理解することが重要です。

平安時代の恋愛文化と「艶書合」

百人一首72番が詠まれた背景には、「艶書合(えんじょあわせ)」という平安時代特有の遊びがあります。これは恋愛をテーマにした貴族の社交イベントでした。

艶書合では、男性が恋文や和歌を女性に送り、それに女性が返歌する形式で行われました。相手の歌の意図を瞬時に理解し、巧みに返答する機知が求められる場でした。

この歌が詠まれた堀河院艶書合では、29歳の藤原俊忠が「夜に会いたい」と詠んだのに対し、70歳の祐子内親王家紀伊が機転の利いた返歌を披露しました。年齢を超えたユーモアと技量が注目される出来事だったのです。

地名「高師の浜」と掛詞の魅力

「高師の浜」という地名は、この歌の大事な要素であり、掛詞の技法で巧みに使われています。地名が歌の中で比喩的に生き生きと描かれています。

「高師の浜」は現在の大阪府南部に位置する浜辺ですが、ここでは「高師」と「高し(評判が高い)」を掛けています。歌全体でこの地名が比喩的な意味を担っています。

祐子内親王家紀伊は、高師の浜の「波」を浮気者の言葉になぞらえ、「高し(評判が高い)」という掛詞を使って噂話にも注意を促しました。この巧みな言葉遊びは、平安時代の和歌文化を象徴するものです。

まとめ|百人一首『72番』のポイント

この記事のおさらい
  • 百人一首『72番』は祐子内親王家紀伊が詠んだ恋の和歌
  • 和歌の原文は「音に聞く 高師の浜の あだ波は かけじや袖の ぬれもこそすれ」
  • 読み方は「おとにきく たかしのはまの あだなみは かけじやそでの ぬれもこそすれ」
  • 決まり字は「おと」で、二字決まり
  • 現代語訳では「浮気者と噂される人に心を寄せないようにする」という内容
  • 背景には平安時代特有の恋愛文化と貴族の歌会がある
  • この和歌は堀河院艶書合という歌会で詠まれた
  • 29歳の藤原俊忠の恋歌に70歳の祐子内親王家紀伊が返答した
  • 地名「高師の浜」が掛詞として使われている
  • 「高師」は「高し(評判が高い)」を掛けた意味が込められている
  • 「あだ波」は「浮気な人の言葉」と波の無駄な動きを表している
  • 「袖が濡れる」は涙で袖が濡れることを暗示している
  • 出典は平安時代後期の『金葉和歌集』に収録されている
  • 『金葉和歌集』では「恋下」の469番に位置づけられている
  • 作者は祐子内親王家紀伊で、女房三十六歌仙の一人
  • 繊細な掛詞と巧みな返歌で知られる和歌の達人
  • 和歌は恋愛の機知や遊び心を表す貴族文化の一端を示している
  • 平安時代の恋愛観や和歌文化を知る手がかりとなる和歌である
  • 場所の背景や歌の技法を知るとさらに楽しめる内容
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