百人一首の第85番は、作者 俊恵法師(しゅんえほうし) が詠んだ、一晩中続く恋の切なさと孤独感を巧みに表現した歌として知られています。
百人一首『85番』の和歌とは
原文
夜もすがら 物思ふころは 明けやらで 閨のひまさへ つれなかりけり
読み方・決まり字
よもすがら ものおもふころは あけやらで ねやのひまさへ つれなかりけり
「よも」(二字決まり)
現代語訳・意味
一晩中、(つれないあなたのことを)思い悩んでいると、なかなか夜が明けてくれず、(光が差し込まない)寝室の隙間さえも冷たく感じられます。
背景
俊恵法師の和歌は、平安時代末期に詠まれた恋の歌です。当時の貴族社会では、恋愛は直接的に表現することが難しく、和歌を通じて思いを伝える文化が根付いていました。
この歌は『千載和歌集』に収録されており、「恋二」という恋愛に関する部立に分類されています。俊恵法師は東大寺の僧侶でありながら、恋の歌を詠むことで人間の心の機微や切なさを巧みに表現しました。この歌では、夜通し愛しい人を思い続ける切なさや孤独感、夜が明けないことへの焦燥感が鮮やかに描かれています。
平安時代の人々にとって、夜は静かで孤独な時間であり、その心情が歌に深く反映されているのです。
語句解説
夜もすがら(よもすがら) | 副詞で「夜通し」や「一晩中」という意味。夜の初めから明け方までずっと、という時間の長さを表します。 |
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物思ふ(ものおもふ) | 「思い悩む」という意味。特に恋愛における悩みや、叶わぬ思いを抱える切ない気持ちを指します。 |
ころ(ころは) | 「この頃」や「夜ごと夜ごと」といった意味。悩み続ける日々が続いていることを表現しています。 |
明けやらで(あけやらで) | 「夜がなかなか明けないで」という意味。時間の経過が遅く感じられる、明けきらない夜の情景を表します。 |
閨(ねや) | 「寝室」という意味。昔の日本では、寝室はプライベートな空間で、恋の歌にもよく登場します。 |
ひま(ひまさへ) | 「隙間」を意味します。寝室の戸や障子の小さな隙間のことを指します。 |
さへ | 「~でさえ」という意味の副助詞。冷たい気持ちを感じる対象が、寝室の隙間にまで及んでいることを強調しています。 |
つれなかりけり | 「つれない」「無情だ」「冷たい」といった意味。想いが通じず、相手や周囲がそっけなく感じられる心情を表しています。 |
作者|俊恵法師
作者名 | 俊恵法師(しゅんえほうし) |
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本名 | 源俊恵(みなもとのしゅんえ) |
生没年 | 1113年(永久元年)~没年不詳 |
家柄 | 宇多源氏の子孫で、祖父は源経信(みなもとのつねのぶ)、父は源俊頼(みなもとのとしより)。三代続けて『百人一首』に歌が選ばれています。 |
役職 | 東大寺の僧侶。京都・白川に「歌林苑(かりんえん)」を設け、多くの歌人を招いて歌会を開きました。 |
業績 | 『歌苑抄(かえんしょう)』や『歌林抄(かりんしょう)』を編纂。弟子には『方丈記』の作者・鴨長明(かものちょうめい)がいます。 |
歌の特徴 | 恋歌や自然をテーマにした繊細な表現が特徴。主観的な感情や孤独感を巧みに表現し、深い情感を詠み込む歌が多い。 |
出典|千載和歌集
出典 | 千載和歌集(せんざいわかしゅう) |
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成立時期 | 1188年(文治4年) |
編纂者 | 藤原俊成(ふじわらのしゅんぜい) |
位置づけ | 八代集の7番目の勅撰和歌集 |
収録歌数 | 1,288首 |
歌の特徴 | 平安末期の幽玄で温雅な歌風を特徴とし、新奇を抑えた調和の美を追求。釈教や神祇に特化した巻があり、雑歌には長歌や旋頭歌も収録。 |
収録巻 | 「恋二」766番 |
語呂合わせ
よもすがら ものおもふころは あけやらで ねやのひまさへ つれなかりけり
「よも ね(よもぎ根っこ)」
百人一首『85番』の和歌の豆知識
百人一首『85番』の表現技法とは?
比喩(ひゆ) | 夜が明けないことや寝室の隙間を「つれない」と感じる心情を表現しています。直接的ではなく、物や風景を使って心情を表す技法です。 |
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擬人法(ぎじんほう) | 「閨のひまさへ つれなかりけり」の部分で、寝室の隙間がまるで人のように「つれない(冷たい)」と感じられるように表現しています。 |
体言止め(たいげんどめ) | 歌の最後を「つれなかりけり」と締めくくることで、感情や印象を強調しています。 |
「つれない」の意味は現代とほぼ同じ
実は、この意味は現代日本語でもほとんど変わっていません。「つれない返事」「つれない態度」という使い方を聞いたことがあるかもしれませんね。
平安時代から現代まで、約1000年も同じ意味で使われ続けている言葉は珍しく、この歌が詠まれた時代の感情が、今の私たちにも自然と伝わってくる理由の一つです。古典文学を学ぶと、こうした日常とのつながりを発見できる面白さがあります。
僧侶なのに恋の歌?俊恵法師の二面性
当時、僧侶であることと恋愛を詠むことは一見矛盾するように感じられますが、平安時代の和歌文化では特に珍しいことではありませんでした。僧侶であっても、人間の心の機微を表現するために恋歌を詠むことが許されていたのです。
また、恋の歌を通じて、人間の苦しみや切なさを理解し、精神の修行に活かすという考え方もありました。俊恵法師の恋歌は、僧侶としての立場と人間としての心の葛藤を感じさせる、興味深い側面を持っています。
まとめ|百人一首『85番』のポイント
- 原文:「夜もすがら 物思ふころは 明けやらで 閨のひまさへ つれなかりけり」
- 読み方:「よもすがら ものおもふころは あけやらで ねやのひまさへ つれなかりけり」
- 決まり字:「よも」(二字決まり)
- 現代語訳:一晩中、つれないあなたを思い悩み、夜が明けず寝室の隙間さえ冷たく感じる
- 背景:平安時代末期の恋愛文化を反映した歌で、恋心の切なさと夜の孤独を詠んだ
- 語句解説①:「夜もすがら」=夜通し、一晩中という意味
- 語句解説②:「物思ふ」=恋愛の悩みや切なさを思い悩むこと
- 語句解説③:「ころ(ころは)」=この頃、夜ごと夜ごとという意味
- 語句解説④:「明けやらで」=夜がなかなか明けきらないで
- 語句解説⑤:「閨」=寝室を意味する言葉
- 語句解説⑥:「ひま(ひまさへ)」=隙間を意味し、冷たさを強調する
- 語句解説⑦:「さへ」=「~でさえ」
- 語句解説⑧:「つれなかりけり」=冷たい、無情だという意味
- 作者:俊恵法師(しゅんえほうし)
- 作者の業績:『歌苑抄』や『歌林抄』を編纂し、歌人たちの交流の場「歌林苑」を設けた
- 出典:『千載和歌集』に収録
- 出典の収録巻:巻第11「恋二」・766番
- 語呂合わせ:「用もねぇや」(よもすがら~を覚えるためのフレーズ)
- 豆知識①:表現技法により、一晩中眠れない切なさや孤独感が鮮明に描く
- 豆知識②:「つれない」は現代でも同じ意味で使われる
- 豆知識③:僧侶でありながら恋の歌を詠んだ