百人一首『88番』難波江の 芦のかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや 恋ひわたるべき(皇嘉門院別当)

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百人一首の第88番は、作者 皇嘉門院別当(こうかもんいんのべっとう)が詠んだ、儚くも切ない一夜の恋を巧みに表現した歌として知られています。

百人一首『88番』の和歌とは

原文

難波江の 芦のかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや 恋ひわたるべき

読み方・決まり字

なにはえの あしのかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや こひわたるべき

なにはえ」(四字決まり)

現代語訳・意味

難波の入り江に生えている葦(あし)を刈った根の一節(ひとよ)のように短い一夜ではないけれど、たった一度の仮寝のために、私は澪標(みおつくし)のようにこの身を尽くして、これからもずっと恋し続けなければならないのでしょうか。

背景

皇嘉門院別当が詠んだこの歌は、平安時代末期の貴族社会における恋愛観を映し出しています。

当時の貴族社会では「通い婚」という形が一般的で、男性が女性のもとを訪れることで関係が深まりました。しかし、この歌は旅先で偶然出会った男性との「一夜限りの逢瀬」を題材にしており、その儚さと切なさが強く表現されています。

また、舞台となる「難波江」は当時の大阪湾岸地域であり、風情ある景色と遊女の存在が有名でした。短い時間での深い情熱が、芦の節のように短くも強く心に刻まれ、作者の心に長く残ったことが歌の背景として読み取れます。このように、歌の背景には平安時代特有の恋愛文化や風景が色濃く反映されているのです。

語句解説

難波江(なにはえ)摂津国難波(現在の大阪府大阪市)にある入り江。芦が群生する低湿地として知られています。
芦のかりね(あしのかりね)「芦を刈り取った根」という意味。「刈り根」と「仮寝(かりね)」の掛詞になっている。
ひとよ(ひとよ)「一夜」と「一節(芦の茎の節と節の間の短い部分)」の掛詞。短い時間やはかない逢瀬を象徴しています。
ゆゑ(ゆえ)「~のために」「~が理由で」という意味。ここでは「一夜の逢瀬が理由で」という意味になります。
みをつくして(みをつくして)「身を尽くし(自分のすべてを捧げる)」「澪標(みおつくし:船の道しるべとなる杭)」の掛詞。
や(や)「~だろうか?」という意味を含み、詠嘆や問いかけのニュアンスがあります。
恋ひわたる(こひわたる)「恋い続ける」「ずっと恋しく思い続ける」という意味。「わたる」は継続や時間の長さを表し、「べき」によって「そうしなければならないのだろうか?」という意味合いになります。
べき(べき)「~しなければならないのだろうか」といった意味合いを持ちます。

作者|皇嘉門院別当

作者名皇嘉門院別当(こうかもんいんのべっとう)
本名不詳
生没年不詳(12世紀頃に活躍したとされる)
家柄父は源俊隆(みなもとのとしたか)。平安時代後期の公家の家系。
役職崇徳天皇の皇后・皇嘉門院(藤原聖子)に仕えた女房で、女官たちを束ねる「別当(べっとう)」の職に就いていた。
業績勅撰和歌集に9首が収録される。
歌の特徴切ない恋心や一途な愛情を巧みな掛詞や縁語を使って表現。自然の情景や歌枕を巧みに取り入れ、情感豊かに詠う。

出典|千載和歌集

出典千載和歌集(せんざいわかしゅう)
成立時期1188年(文治4年)
編纂者藤原俊成(ふじわらのしゅんぜい)
位置づけ八代集の7番目の勅撰和歌集
収録歌数1,288首
歌の特徴平安末期の幽玄で温雅な歌風を特徴とし、新奇を抑えた調和の美を追求。釈教や神祇に特化した巻があり、雑歌には長歌や旋頭歌も収録。
収録巻「恋三」807番

語呂合わせ

なにはえの あしのかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや こひたるべき

なにはえ つくしわ(何の絵?つくし輪)

百人一首『88番』の和歌の豆知識

百人一首『88番』の掛詞とは?

この歌では、複数の「掛詞(かけことば)」が巧みに使われています。

掛詞とは、一つの言葉に複数の意味を持たせ、歌の内容に深みや広がりを与える技法です。

  • 「かりね」は「芦を刈った根」と「仮寝(一夜の仮の宿り)」
  • 「ひとよ」は「一夜」と「芦の節(一節)」
  • 「みをつくし」は「身を尽くし(自分のすべてを捧げる)」と「澪標(船の道しるべとなる杭)」

これらの掛詞が繊細に組み込まれることで、短い歌の中に複雑な感情と美しい情景が浮かび上がり、深い余韻を残す一首となっているのです。

一夜の恋が永遠の想いに

この歌は、たった一夜の出会いが一生を左右するほどの恋心を生んでしまった、という切ない情景を詠んでいます。

平安時代の貴族社会では、旅先での一夜限りの逢瀬は珍しいことではありませんでしたが、それを題材にここまで心情豊かに詠んだ歌は少ないと言えます。「芦のかりね」という言葉に短さや儚さを重ねつつも、心に残る深い情熱を伝えるこの歌は、古典文学の中でも特に感情移入しやすい一首として親しまれています。

現代でも「一夜の恋」という言葉があるように、この歌が持つテーマは時代を超えて共感を呼ぶものです。

作者・皇嘉門院別当は謎多き歌人

皇嘉門院別当は、平安時代後期に活躍した女流歌人ですが、その生涯については不明な点が多いことで知られています。

本名も生没年も明確ではなく、「皇嘉門院別当」という名前も、仕えていた皇嘉門院(藤原聖子)の女房職名を示す呼称に過ぎません。

さらに、彼女の歌は勅撰和歌集に9首しか収録されておらず、そのほとんどが恋の歌です。しかし、その少ない作品からも彼女の恋愛感情の表現力や言葉選びの巧みさが伝わり、限られた情報ながらもその存在感は大きいものとなっています。

まとめ|百人一首『88番』のポイント

この記事のおさらい
  • 原文:難波江の 芦のかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや 恋ひわたるべき
  • 読み方:なにはえの あしのかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや こひわたるべき
  • 決まり字:なにはえ(四字決まり)
  • 現代語訳:たった一夜のために、身を尽くして恋し続けなければならないのだろうか
  • 背景:旅先での儚い一夜の恋が生涯の恋心となった情景を詠んだ歌
  • 語句解説①:難波江‐摂津国難波(現在の大阪市)の入り江で芦が群生する湿地
  • 語句解説②:芦のかりね‐芦を刈った根と仮寝(一夜の宿り)の掛詞
  • 語句解説③:ひとよ‐一夜と芦の節(一節)の掛詞
  • 語句解説④:ゆゑ‐~のために、~が理由でという意味
  • 語句解説⑤:みをつくして‐身を尽くすと澪標(船の道しるべ)の掛詞
  • 語句解説⑥:や‐疑問を表す係助詞で「~だろうか?」という意味
  • 語句解説⑦:恋ひわたる‐長く恋し続けるという意味
  • 語句解説⑧:べき‐~しなければならないという意味合い
  • 作者:皇嘉門院別当
  • 作者の業績:勅撰和歌集に9首が収録され、恋愛歌に優れた表現力を示した
  • 出典:千載和歌集
  • 出典の収録巻:「恋三」807番
  • 語呂合わせ:なにはえ つくしわ(何の絵?つくし輪)
  • 豆知識①:『88番』掛詞‐複雑な感情と美しい情景、深い余韻を残す
  • 豆知識②:一夜の恋が永遠の想いに‐一度きりの逢瀬が生涯続く恋心を生んだ歌
  • 豆知識③:作者は謎多き歌人‐皇嘉門院別当の詳細な生涯はほとんど記録が残っていない
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