百人一首の第78番は、作者 源兼昌(みなもとのかねまさ)が詠んだ、冬の海辺に響く千鳥の鳴き声と孤独な関守の姿を情感豊かに表現した歌として知られています。
百人一首『78番』の和歌とは
原文
淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に 幾夜寝覚めぬ 須磨の関守
読み方・決まり字
あわじしま かようちどりの なくこえに いくよねざめぬ すまのせきもり
「あわじ」(三字決まり)
現代語訳・意味
淡路島から渡ってくる千鳥の鳴き声に、須磨の関守は幾晩も目を覚ましてしまったことだろう。
背景
百人一首『78番』は「関路の千鳥」という題を与えられて詠まれたもので、実際に須磨の地で詠まれたわけではありません。しかし、須磨は『源氏物語』の舞台としても有名で、老いた光源氏が孤独を感じながら千鳥の鳴き声に寂しさを重ねる場面が描かれています。
この背景を受けて、源兼昌は須磨の海岸で関守が夜ごと千鳥の鳴き声に目を覚ます様子を詠みました。冬の荒涼とした海辺と孤独な関守の姿が情感豊かに描かれており、当時の貴族の間で共有されていた須磨の物語や情景が強く意識されています。
語句解説
淡路島(あわぢしま) | 現在の兵庫県南部に位置する島。須磨の海岸から海を隔てた対岸にあります。 |
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かよふ(通ふ) | 「行き来する」「往来する」という意味。千鳥が淡路島と須磨を行き来している様子を表しています。 |
千鳥(ちどり) | 海辺に生息する小型の鳥。群れをなして飛ぶ姿が特徴的です。和歌の世界では、冬の浜辺を象徴する鳥とされています。 |
鳴く声に(なくこえに) | 千鳥の鳴き声が夜の静寂を破る様子を表現しています。「に」は原因や理由を示す助詞で、「鳴く声のせいで」という意味になります。 |
幾夜寝覚めぬ(いくよねざめぬ) | 「いく夜」は「何夜も」または「いくつもの夜」を意味します。「寝覚め」は、夜中に目が覚めることを指します。 |
須磨の関守(すまのせきもり) | 須磨は現在の兵庫県神戸市須磨区にあたります。平安時代には関所が置かれており、その番人を「関守」と呼びました。当時、関守は辺境の寂しい場所で孤独に過ごす役職とされていました。 |
作者|源兼昌
作者名 | 源兼昌(みなもとのかねまさ) |
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本名 | 同上 |
生没年 | 不詳(12世紀初頭の人物とされる) |
家柄 | 宇多天皇の皇子・敦実親王を祖とする「宇多源氏」の出身 |
役職 | 従五位下・皇后宮少進 |
業績 | 多くの歌合(うたあわせ)に参加し、和歌の才能を発揮した |
歌の特徴 | 落ち着いた情景描写が得意。季節感や自然の描写を巧みに取り入れる。孤独や寂寥感を表現することに優れている。 |
出典|金葉和歌集
出典 | 『金葉和歌集(きんようわかしゅう) |
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成立時期 | 1124年(天治元年)頃 |
編纂者 | 源俊頼(みなもとのとしより) |
位置づけ | 八代集の5番目の勅撰和歌集 |
収録歌数 | 約650首 |
歌の特徴 | 新奇な表現や自然観照、田園趣味を重視。巻末に連歌を加えた革新性が特徴で、当代歌人の歌が多く収録されています。 |
収録巻 | 「冬」270番 |
語呂合わせ
あわじしま かようちどりの なくこえに いくよねざめぬ すまのせきもり
「あわじ いくよ(淡路島に行くよ)」
百人一首『78番』の和歌の豆知識
和歌における「千鳥」の意味とは?
千鳥は水辺に群れをなして生息する小型の鳥で、その鳴き声や群れ飛ぶ姿が冬の海辺の寂しさや孤独を表現するモチーフとして使われます。特に平安時代の和歌では、千鳥の鳴き声は愛する人や友人を慕う声と重ねられることが多く、切なさや哀愁が込められます。
また、旅人や関守が千鳥の声を聞きながら孤独や寂寥感を感じる情景は、和歌の中で繰り返し詠まれるテーマの一つです。千鳥はただの冬の鳥ではなく、和歌の中で人の心情を表す重要な象徴として機能しています。
百人一首『78番』の「須磨」の意味とは?
平安時代には須磨は辺境の地とされ、貴族や官人の流刑地として知られていました。また、『源氏物語』の「須磨の巻」では、光源氏が官職を失い、この地で隠棲生活を送る様子が描かれています。そのため、須磨は「孤独」「寂寥感」「流謫(るたく:罪による左遷や追放)」の象徴として捉えられることが多い場所です。
源兼昌の歌でも、この須磨の歴史や背景が反映されており、関守が千鳥の声に孤独を感じる姿が詠まれています。須磨は単なる地名ではなく、和歌や文学の中で特別な意味を持つ場所です。
百人一首『78番』の淡路島の歌碑
この歌碑は、多くの観光客や文学愛好者が訪れる名所となっており、歌の情景を想像しながら歴史的背景に思いを馳せることができます。
淡路島は須磨の対岸に位置し、千鳥が海を越えて行き来する姿が容易に想像できる場所です。歌碑はその風景を背景に立てられており、訪れる人々に歌の世界観や源兼昌の思いを感じさせてくれます。文学や歴史を身近に感じることができる貴重な文化遺産と言えるでしょう。
まとめ|百人一首『78番』のポイント
- 百人一首『78番』は源兼昌(みなもとのかねまさ)が詠んだ和歌
- 原文は「淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に 幾夜寝覚めぬ 須磨の関守」
- 読み方は「あわじしま かようちどりの なくこえに いくよねざめぬ すまのせきもり」
- 決まり字は「あわじ」(三字決まり)
- 現代語訳は「淡路島から渡る千鳥の鳴き声に、関守は幾晩も目を覚ましたことだろう」
- 出典は『金葉和歌集』冬部270番に収録されている
- 『金葉和歌集』は八代集の5番目の勅撰和歌集
- 作者・源兼昌は宇多源氏の出身
- 役職は従五位下・皇后宮少進を務めた
- 作者の歌風は情景描写が落ち着いていて自然感が豊か
- 和歌は「関路の千鳥」という題で詠まれた
- 「淡路島」は兵庫県南部の島で須磨の対岸に位置する
- 「千鳥」は冬の海辺を象徴し、寂しさや孤独を表すモチーフ
- 「鳴く声に」の「に」は原因・理由を示す助詞
- 「幾夜寝覚めぬ」の「いく夜」は「何夜も」を意味する
- 「須磨」は平安時代の流刑地として知られていた
- 『源氏物語』須磨の巻を踏まえて詠まれた歌
- 和歌の情景には冬の荒涼とした海岸が描かれている
- 淡路島にはこの和歌を刻んだ歌碑が建てられている
- 歌碑は観光名所として文学愛好者に人気がある
- 歌のテーマは孤独や寂寥感
- 語呂合わせは「あわじ いくよ(淡路島に行くよ)」