百人一首の第84番は、作者・藤原清輔朝臣(ふじわらのきよすけあそん)が詠んだ、人生の苦しみや時間の経過による心情の変化を表現した歌として知られています。
百人一首『84番』の和歌とは
原文
ながらへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき
読み方・決まり字
ながらへば またこのごろや しのばれむ うしとみしよぞ いまはこひしき
「ながら」(三字決まり)
現代語訳・意味
もしこの先も長く生き続けることができたなら、今つらいと感じているこの時期も、きっと懐かしく思い出される日が来るのだろう。つらいと感じていた過去の出来事も、今となっては恋しく思えるのだから。
背景
藤原清輔朝臣が詠んだこの歌は、彼の人生経験や時代背景が色濃く反映されています。作者は平安時代後期に生き、父・藤原顕輔との不仲や自身の不遇な立場に苦しんだ時期が長くありました。その中で彼は和歌に心のよりどころを求め、人生の苦しみや悲しみを詠んだのです。
また、この時代は貴族社会が衰退し、武士の台頭が始まった激動の時期でした。人々は不安定な世の中で、過去を懐かしみ未来に希望を託す心情を持っていました。清輔もまた、自身の過去や今の苦しみを受け入れ、時間が経てば今の辛さも懐かしく思える日が来るだろうと、ある種の達観した心境を歌に込めました。
語句解説
永(なが)らへば | 動詞「ながらふ」(長生きする、生き続ける)の未然形+接続助詞「ば」で、「もし〜ならば」という仮定条件を表します。意味:「もし長く生き続けるならば」 |
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またこのごろや | 「や」は疑問の係助詞で、「〜だろうか?」という意味を持ちます。意味:「今この時期のことを思い出すのだろうか?」 |
しのばれむ | 動詞「しのぶ」(懐かしく思い出す)の未然形+助動詞「る」(自発)+助動詞「む」(推量)の連体形。意味:「懐かしく思い出されるだろうか」 |
憂(う)し | 形容詞「憂し」の終止形。意味:「つらい」「苦しい」 |
と見し | 「見し」は過去の助動詞「き」の連体形で、「自分が実際に経験したこと」を表します。意味:「つらいと思っていた」 |
世ぞ | 「ぞ」は強調の係助詞。「〜だなあ」「〜なのだ」という意味を強めます。意味:「(つらいと)思った時代こそ」 |
今は恋しき | 形容詞「恋し」(恋しい、懐かしい)の連体形。意味:「今では恋しく思い出される」 |
作者|藤原清輔朝臣
作者名 | 藤原清輔朝臣(ふじわらのきよすけあそん) |
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本名 | 藤原清輔(ふじわらのきよすけ) |
生没年 | 1104年(長治元年)~1177年(治承元年) |
家柄 | 六条藤家(ろくじょうとうけ)に生まれた貴族の歌人。父は藤原顕輔(ふじわらのあきすけ)。 |
役職 | 正四位下、太皇太后宮大進。 |
業績 | 勅撰和歌集『続詞花和歌集』の撰者に任命されたが、完成前に二条天皇が崩御し未完成に終わる。六条藤家の3代目当主として歌壇を牽引した。 |
歌の特徴 | 理知的で落ち着いた表現が多い。感情を抑えつつも、深い情感や人生観が滲み出る歌風。 |
出典|新古今和歌集
出典 | 新古今和歌集(しんこきんわかしゅう) |
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成立時期 | 1205年(元久2年) |
編纂者 | 藤原定家(ふじわらのていか)、藤原家隆(ふじわらのいえたか)、源通具(みなもとのみちとも)などの歌人 |
位置づけ | 八代集の8番目の勅撰和歌集 |
収録歌数 | 約1,980首 |
歌の特徴 | 情調的で象徴的な表現が特徴で、余情や幽玄を重んじた繊細な歌風を持つ。初句切れや三句切れ、体言止めなどの技巧を多用し、貴族の失望感や虚無感を反映。 |
収録巻 | 「雑」1843番 |
語呂合わせ
ながらへば またこのごろや しのばれむ うしとみしよぞ いまはこひしき
「ながら うし(食べながら寝ると牛になる)」
百人一首『84番』の和歌の豆知識
父との確執が歌に影響?
そのため、当時の和歌界で十分な評価を受けられず、不遇な時期が続きました。しかし、その苦悩が彼の歌に深みを与え、後に『新古今和歌集』に歌が選ばれることになります。
特にこの84番の歌では、過去の辛さが時を経て懐かしさに変わるという心情が表現されています。父との確執を越えて和歌の歴史に名を残した藤原清輔の人生は、まさにこの歌そのものを体現しています。
出世よりも歌道を選んだ人生
彼は和歌の理論書『奥義抄』や『袋草紙』を著し、理知的で深い表現を追求しました。当時、歌人たちは歌会や歌論書を通じて互いに技を磨き合っていました。清輔は出世には恵まれませんでしたが、歌道を極めたことで、現代まで名前が残る偉大な歌人となったのです。
人生観が詰まった「時間」の表現
過去・現在・未来という3つの時間軸を用いて、人間の心情がどのように変化するかを表現しています。過去のつらい日々が、時間が経つことで「恋しい」と感じるようになる。そして今のつらさも、未来では懐かしく思える日が来るかもしれないという希望が込められています。たった31文字の中に人生の深い真理を込めた、時間を超えた普遍的なメッセージが詠まれた一首です。
まとめ|百人一首『84番』のポイント
- 原文:「ながらへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき」
- 読み方:「ながらへば またこのごろや しのばれむ うしとみしよぞ いまはこひしき」
- 決まり字:「ながら」(三字決まり)
- 現代語訳:今の辛さも未来では懐かしく思えるだろうという意味
- 背景:作者の人生の苦悩や時間の経過による心情の変化が表されている
- 語句解説①:「永らへば」=もし長く生き続けるならば
- 語句解説②:「またこのごろや」=今この時期のことを思い出すだろうか
- 語句解説③:「しのばれむ」=懐かしく思い出されるだろうか
- 語句解説④:「憂し」=つらい、苦しい
- 語句解説⑤:「と見し」=実際に経験したこと
- 語句解説⑥:「世ぞ」=(つらいと)思った時代こそ
- 語句解説⑦:「今は恋しき」=今では恋しく思い出される
- 作者:藤原清輔朝臣(ふじわらのきよすけあそん)
- 作者の業績:『続詞花和歌集』の撰者に任命されたが未完成に終わる
- 出典:『新古今和歌集』
- 出典の収録巻:雑部・第1843番
- 語呂合わせ:「ながら うし(食べながら寝ると牛になる)」
- 豆知識①:父との不仲が和歌に影響を与えた
- 豆知識②:歌論書『奥義抄』『袋草紙』を著し、歌道を究めた
- 豆知識③:時間の経過がテーマとして巧みに表現されている