百人一首『87番』村雨の 露もまだひぬ 槇の葉に 霧立ちのぼる 秋の夕暮れ(寂蓮法師)

当ページのリンクには広告が含まれています。

百人一首の第87番は、作者 寂蓮法師(じゃくれんほうし) が詠んだ、にわか雨の後の静かな秋の情景を美しく表現した歌として知られています。

百人一首『87番』の和歌とは

原文

村雨の 露もまだひぬ 槇の葉に 霧立ちのぼる 秋の夕暮れ

読み方・決まり字

らさめの つゆもまだひぬ まきのはに きりたちのぼる あきのゆふぐれ

」(一字決まり)

現代語訳・意味

にわか雨が通り過ぎた後、まだその雨のしずくが乾いていない槇(まき)の葉から、霧が白く立ちのぼっている秋の夕暮れである。

背景

百人一首『87番』の歌は、平安時代末期から鎌倉時代初期に活躍した寂蓮法師によって詠まれました。この歌は、にわか雨が通り過ぎた後の自然の美しさを静かに描いた一首です。

背景としては、当時の貴族文化では自然の移ろいや季節の情景を詠むことが和歌の大きなテーマとされていました。特に『新古今和歌集』が編纂された時代は、美意識として「幽玄」や「有心(うしん)」が重んじられ、寂しい中にも深い情感や趣が求められました。

寂蓮法師自身は出家後、自然豊かな嵯峨野に住んでおり、その環境がこの歌にも影響を与えています。秋の夕暮れという時間帯は、当時の人々にとって特に感慨深く、物寂しさと美しさが共存する時間として愛されていました。このような背景の中で、にわか雨の後に立ちのぼる霧と静かな夕暮れが、見事に表現されています。

語句解説

村雨(むらさめ)にわか雨のこと。特に秋から冬にかけて降る、急に激しく降ってすぐに止む雨を指します。
露(つゆ)雨のしずくや草木の葉に残る水滴のこと。ここでは村雨が残した雨粒を表しています。
まだひぬ(まだひぬ)「ひぬ」は「乾く」という意味の動詞「干る(ひる)」の打消し形。「まだ乾いていない」という意味になります。
槇(まき)の葉(まきのは)槇(まき)は檜(ひのき)や杉(すぎ)などの常緑樹のこと。「葉」はその葉っぱを指します。
霧(きり)水蒸気が冷やされて細かい水滴になり、空気中に漂う現象のこと。
立ちのぼる(たちのぼる)霧が下から上に向かってゆっくりと立ち上がる様子を表しています。
秋の夕暮れ(あきのゆうぐれ)秋の季節の夕暮れ時。物寂しさや静けさ、幽玄な雰囲気を表現する言葉としてよく使われます。

作者|寂蓮法師

作者名寂蓮法師(じゃくれんほうし)
本名藤原定長(ふじわらのさだなが)
生没年1139年(保延5年)頃~1202年(建仁2年)
家柄藤原北家の出身。藤原俊成(しゅんぜい)の甥であり、後に養子となる。
役職従五位上・中務少輔(なかつかさのしょう)を経て、出家後は歌人・僧侶として活動。
業績『新古今和歌集』の撰者に選ばれた(完成前に死去)。勅撰和歌集に117首が収録されている。
歌の特徴幽玄で繊細な情景描写に優れている。自然の微妙な移ろいを描き、静かな情感を伝える。

出典|新古今和歌集

出典新古今和歌集(しんこきんわかしゅう)
成立時期1205年(元久2年)
編纂者藤原定家(ふじわらのていか)、藤原家隆(ふじわらのいえたか)、源通具(みなもとのみちとも)などの歌人
位置づけ八代集の8番目の勅撰和歌集
収録歌数約1,980首
歌の特徴情調的で象徴的な表現が特徴で、余情や幽玄を重んじた繊細な歌風を持つ。初句切れや三句切れ、体言止めなどの技巧を多用し、貴族の失望感や虚無感を反映。
収録巻「秋下」491番

語呂合わせ

らさめの つゆもまだひぬ まきのはに りたちのぼる あきのゆふぐれ

百人一首『87番』の和歌の豆知識

百人一首『87番』の「むらさめ」の意味は?

「むらさめ(村雨)」は、秋から冬にかけて降るにわか雨を意味します。

特に「村雨」という言葉には、一時的でありながら強く降る雨というニュアンスが含まれています。普通の雨とは異なり、急に降り出し、すぐに止むという特徴があります。この言葉は古くから和歌や物語に使われており、日本特有の自然現象を表す美しい表現の一つです。

また、「村雨」は単なる雨というだけでなく、その後に訪れる静けさや情緒を際立たせる役割も果たしています。この歌では、村雨が通り過ぎた後に葉に残る雨のしずくと、それがまだ乾かぬうちに立ちのぼる霧が描かれています。つまり、「村雨」は単なる自然現象の描写だけでなく、時間の経過や情景の移り変わりを象徴する言葉として使われているのです。

「村雨」と「時雨」の違い

「村雨(むらさめ)」とよく似た言葉に「時雨(しぐれ)」があります。

どちらも秋から冬にかけて降る雨ですが、意味合いには違いがあります。「村雨」は短時間に強く降り、すぐに止むにわか雨を指します。一方、「時雨」は晩秋から初冬にかけて降ったり止んだりを繰り返す雨です。

歌の中で「村雨」が使われているのは、一瞬の雨の後に訪れる静寂や美しい情景を強調するためです。日本の和歌では、こうした自然の微妙な違いを言葉で繊細に表現し、季節感や情緒を豊かに伝えています。

「霧」は春と秋で名前が変わる?

「霧(きり)」という言葉は、実は季節によって使い分けられていました。

春には「霞(かすみ)」、秋には「霧」と呼ばれます。どちらも同じように空気中に細かい水滴が漂う現象ですが、古来の日本では季節ごとに異なる言葉で表現されてきました。

この87番の歌では「霧」が使われているため、秋の情景を鮮明に思い浮かべることができます。こうした細やかな表現は、自然との共存を大切にしてきた日本人ならではの感性と言えるでしょう。

まとめ|百人一首『87番』のポイント

この記事のおさらい
  • 原文:村雨の 露もまだひぬ 槇の葉に 霧立ちのぼる 秋の夕暮れ
  • 読み方:むらさめの つゆもまだひぬ まきのはに きりたちのぼる あきのゆふぐれ
  • 決まり字:「む」(一字決まり)
  • 現代語訳:にわか雨が通り過ぎた後、まだ雨のしずくが乾いていない槇の葉から霧が立ちのぼる秋の夕暮れ
  • 背景:当時の貴族文化では自然の移ろいや季節の情景を詠むことが和歌の大きなテーマ
  • 語句解説①村雨 – 秋から冬に降る短時間のにわか雨
  • 語句解説② – 雨のしずくや草木に残る水滴
  • 語句解説③まだひぬ – 「乾く」の打消し形で「まだ乾いていない」
  • 語句解説④槇の葉 – 檜や杉などの常緑樹の葉
  • 語句解説⑤ – 秋に立ちこめる水蒸気のもや
  • 語句解説⑥立ちのぼる – 霧が下から上に立ち上る様子
  • 語句解説⑦秋の夕暮れ – 物寂しく静かな秋の夕暮れの情景
  • 作者:寂蓮法師(じゃくれんほうし)
  • 作者の業績:『新古今和歌集』の撰者に選ばれたが完成前に死去
  • 出典:新古今和歌集
  • 出典の収録巻:「秋下」491番
  • 語呂合わせ:「む き」
  • 豆知識①:「むらさめ(村雨)」は、秋から冬にかけて降るにわか雨
  • 豆知識②:「村雨」は短時間で強く降るにわか雨、「時雨」は降ったり止んだりを繰り返す雨である
  • 豆知識③:「霧」と「霞」は季節で使い分けられ、秋は「霧」、春は「霞」と表現される
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!