百人一首の第99番は、後鳥羽院が詠んだ、世の中や人々への複雑な感情を巧みに表現した一首として知られています。
百人一首『99番』の和歌とは

原文
人もをし 人もうらめし あぢきなく 世を思ふゆゑに もの思ふ身は
読み方・決まり字
ひともをし ひともうらめし あぢきなく よをおもふ(う)ゆゑ(え)に ものおもふ(う)みは
「ひとも」(三字決まり)
現代語訳・意味
人を愛おしく思うこともあれば、恨めしく感じることもある。この世が面白くないと感じるからこそ、あれこれと思い悩んでしまう、私という存在よ。
背景
百人一首『99番』は、鎌倉時代初期、後鳥羽院が世の中や人々への複雑な感情を詠んだ一首です。この歌が詠まれたのは、後鳥羽院が33歳の頃で、幕府との対立が徐々に表面化し始めた時期でした。彼は朝廷の復権を強く望みましたが、武士が力を増す中でその希望は難しい状況にありました。
後鳥羽院は政治や文化の面で尽力し、『新古今和歌集』の編纂を命じるなど和歌の発展に寄与しました。しかし、次第に幕府との関係が悪化し、最終的に「承久の乱」を引き起こします。この歌には、世間への憂い、人間関係の葛藤、そして当時の不安定な社会の空気が反映されています。
語句解説
人もをし(ひともをし) | 「をし」は「愛(を)し」と書き、「愛おしい」「かわいらしい」という意味です。人への愛情を表現しています。 |
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人も恨めし(ひともうらめし) | 「恨めし」は「恨めしい」という意味で、人に対する不満や怒りを表します。愛おしさと対照的に、複雑な感情を示しています。 |
あぢきなく(あじきなく) | 形容詞「あぢきなし」の連用形で、「つまらない」「どうしようもない」という意味です。思うようにならない状況への嘆きを表現しています。 |
世を思ふ故(ゆゑ)に(よをおもふゆえに) | 「世を思ふ」は「世間や世の中を憂う」という意味です。「故(ゆゑ)」は「理由」や「原因」を表し、世の中を思い悩むことがこの感情の原因だとしています。 |
もの思ふ身は(ものおもふみは) | 「もの思ふ」は「さまざまな悩みや考えにふける」という意味です。「身は」は作者自身を指し、この和歌の結論部分で自分自身を語っています。 |
作者|後鳥羽院

作者名 | 後鳥羽院(ごとばいん) |
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本名 | 尊成(たかひら) |
生没年 | 1180年(治承4年)~1239年(延応元年) |
家柄 | 高倉天皇の第四皇子、後白河法皇の孫 |
役職 | 第82代天皇(在位:1183年~1198年)、その後上皇として院政を行う |
業績 | 『新古今和歌集』の編纂を命じる。和歌所を設置し、歌道の発展に尽力。 |
歌の特徴 | 繊細な感情表現と深い叙情性。愛情や嘆き、葛藤などの複雑な心情を巧みに詠む。 |
出典|続後撰和歌集
出典 | 続後撰和歌集(しょくごせんわかしゅう) |
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成立時期 | 1251年(建長3年) |
編纂者 | 藤原為家 |
位置づけ | 10番目の勅撰和歌集 |
収録歌数 | 約1,370首 |
歌の特徴 | 温雅な歌風の中に中世宮廷の複雑な現実を反映した作品が特徴です。後鳥羽院や土御門院、順徳院の歌が多く含まれます。 |
収録巻 | 「雑」1199番 |
語呂合わせ
ひともをし ひともうらめし あぢきなく よをおもふ(う)ゆゑ(え)に ものおもふ(う)みは
「ひとも よをおもふ(人も世を思う)」
百人一首『99番』の和歌の豆知識

後鳥羽院と「刀鍛冶」の意外な関係
彼は全国から優れた刀鍛冶を集め、宮廷に「御番鍛冶(ごばんかじ)」と呼ばれる特別な刀工集団を設立します。この集団は月替わりで日本刀を製作し、それぞれの刀には「菊御作」と呼ばれる菊の花の刻印が付けられました。
この活動は、単なる趣味ではなく、彼が失われた三種の神器の一つ「草薙剣」への特別な執着を表しているとされています。後鳥羽院は自身でも刀を鍛えるほどの熱意を見せ、これが後の日本刀文化に与えた影響は計り知れません。武士の時代に生きた天皇として、武芸や刀鍛冶への関心を持ち続けた姿勢は、今も多くの人々に語り継がれています。
隠岐で詠んだ有名な歌
隠岐での生活は孤独で不自由な面もあったと言われていますが、彼はその地でも多くの和歌を詠みました。
その中でも特に有名なのが、「我こそは 新島守よ 隠岐の海の 荒き波風 心して吹け」という一首です。この歌は隠岐島に上陸した際に詠まれたもので、自分がこの島を守る存在であることを示しています。この歌からは、孤独の中でも前向きに生きようとする覚悟と、自然への畏敬が感じられます。隠岐での生活が彼の和歌に新たな深みを与えたことが、現在でも多くの人々に感銘を与えています。
百人一首『99番』が選ばれた理由
後鳥羽院は『新古今和歌集』の編纂を命じた人物であり、藤原定家にとっては主君であり文化の中心人物でした。そのため、定家は後鳥羽院の歌を百人一首の終盤、つまり99番という重要な位置に配置し、その存在感を際立たせました。
また、この歌の内容が持つ時代の不安定さや複雑な感情が、百人一首全体の流れを締めくくる役割を果たしているとも考えられます。このように、単なる歌の選定ではなく、定家の後鳥羽院に対する敬意や歴史的背景が反映された構成になっている点が、百人一首の奥深さの一つといえるでしょう。
まとめ|百人一首『99番』のポイント
- 原文:人もをし 人もうらめし あぢきなく 世を思ふゆゑに もの思ふ身は
- 読み方:ひともをし ひともうらめし あぢきなく よをおもふ(う)ゆゑ(え)に ものおもふ(う)みは
- 決まり字:ひとも(三字決まり)
- 現代語訳:人を愛おしく思うこともあれば、恨めしく感じることもある。この世が面白くないと感じるから悩んでしまう私よ
- 背景:後鳥羽院が33歳の頃に詠み、幕府との対立が表面化し始めた時期の歌
- 語句解説①:人もをし‐「愛おしい」「かわいらしい」という意味
- 語句解説②:人も恨めし‐「恨めしい」という意味で不満や怒りを表す
- 語句解説③:あぢきなく‐「つまらない」「どうしようもない」という意味
- 語句解説④:世を思ふ故‐「世の中を憂う」という意味
- 語句解説⑤:もの思ふ身は‐「悩みにふける自分自身」を指す
- 作者:後鳥羽院(本名:尊成)
- 作者の業績:『新古今和歌集』の編纂を命じ、歌道の発展に尽力
- 出典:続後撰和歌集
- 出典の収録巻:雑・1199番
- 語呂合わせ:ひとも よをおもふ(人も世を思う)
- 豆知識①:後鳥羽院は刀好きで、「菊御作」と呼ばれる刀を作らせた‐失われた三種の神器への執着からとも言われる
- 豆知識②:隠岐に流された後も歌を詠み、「新島守」として自らを奮い立たせる歌を残した
- 豆知識③:藤原定家がこの歌を99番に選んだのは、主君への敬意と時代の不安定さを反映した配置による