百人一首の第54番は、儀同三司母(ぎどうさんしのはは)が詠んだ、愛される喜びと将来への不安が交錯する恋の歌として知られています。
百人一首『54番』の和歌とは

原文
忘れじの ゆく末までは かたければ 今日をかぎりの いのちともがな
読み方・決まり字
わすれじの ゆくすえまでは かたければ きょうをかぎりの いのちともがな
「わすれ」(三字決まり)
現代語訳・意味
「いつまでも忘れない」とあなたは言ってくれたけれど、その愛が遠い未来まで変わらないことは難しいでしょう。だからこそ、いっそのこと、その愛を信じた今日この日に命が終わってしまえばいいのに、と切に願います。

背景
百人一首『54番』の歌は、平安時代中期の女流歌人・儀同三司母(高階貴子)によって詠まれました。この歌は、新婚当初の幸せの絶頂にいる女性の切実な心情を表現したものです。
平安時代の結婚は「通い婚」といって、夫が妻の家に通う形が一般的でした。しかし、夫が通わなくなれば、それは事実上の別れを意味します。このため、夫から愛情の言葉を受け取ったとしても、それが未来永劫続く保証はありません。儀同三司母はその不安を抱きながらも、今の幸せを永遠に感じていたいと願い、この歌を詠んだのです。
この背景には、当時の女性が抱えていた不安定な結婚制度や社会的立場が色濃く反映されています。
語句解説
忘れじの | 「いつまでも忘れない」という意志を示しています。ここでは、夫(藤原道隆)の「私(道隆)は、あなたを忘れない」という言葉を指します。 |
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ゆく末(ゆくすえ)までは | 将来、遠い未来のことを意味しています。和歌全体で「未来まで変わらないこと」を示しています。 |
かたければ | 「難しいので」という意味です。形容詞「難し」の已然形「難け」に接続助詞「ば」がついており、順接の確定条件を表しています。 |
今日(けふ)をかぎりの | 「今日を最後に」という意味で、「けふ」は、夫が「忘れない」と誓ったその日を指します。 |
いのちともがな | 「命であればよいなあ」という願望を表しています。「もがな」は終助詞で、強い願いを示す表現です。 |
作者|儀同三司母

作者名 | 儀同三司母(ぎどうさんしのはは) |
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本名 | 高階貴子(たかしなのきし/たかこ) |
生没年 | 生年不詳~996年(長徳2年) |
家柄 | 父は高階成忠(たかしな なりただ)、貴族の高階家の出身。中流貴族で文才を持つ家系。 |
役職 | 内侍(宮中の女性職)として円融天皇に仕える。藤原道隆の正妻。 |
業績 | 平安時代中期の歌人として和歌の才能を認められ、「女房三十六歌仙」の一人として知られる。 |
歌の特徴 | 繊細な感情を素直に表現する歌が多い。技巧に頼らず、心情をそのまま詠む作風が特徴。 |
出典|新古今和歌集
出典 | 新古今和歌集(しんこきんわかしゅう) |
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成立時期 | 1205年(元久2年) |
編纂者 | 藤原定家(ふじわらのていか)、藤原家隆(ふじわらのいえたか)、源通具(みなもとのみちとも)などの歌人 |
位置づけ | 八代集の8番目の勅撰和歌集 |
収録歌数 | 約1,980首 |
歌の特徴 | 情調的で象徴的な表現が特徴で、余情や幽玄を重んじた繊細な歌風を持つ。初句切れや三句切れ、体言止めなどの技巧を多用し、貴族の失望感や虚無感を反映。 |
収録巻 | 「恋」1149番 |
語呂合わせ
わすれじの ゆくすえまでは かたければ きょうをかぎりの いのちともがな
「わすれ いのち(忘れないで命の大切さ)」
百人一首『54番』の和歌の豆知識

「命ともがな」とはどういう意味ですか?
「ともがな」は古語で「~であればよいなあ」といった強い願望を意味します。この部分では、夫から「忘れない」と言われた幸せな瞬間が永遠に続くことは難しいと悟り、それならばいっそ、この幸せな気持ちのまま命が終わってしまえば良いと儀同三司母は願っています。
これは単なる絶望ではなく、今の幸せがあまりにも尊く、この瞬間を永遠に閉じ込めたいという純粋な愛情からくる心情です。
作者の家族が関わった歴史事件
彼女の息子・藤原伊周と藤原隆家は、当時の権力者・藤原道長と対立し、996年に「長徳の変」と呼ばれる事件を引き起こしました。この事件では、伊周と隆家が、花山院(出家した花山天皇)が女性の家に通うのを不審に思い、誤って矢を射るという騒動を起こします。その結果、兄弟は流罪となり、一族は没落しました。
実は、54番の歌に込められた「未来がどうなるかわからない」という不安は、現実となってしまったのです。この歌を知ると、ただの恋の歌ではなく、作者の人生そのものが映し出された歌であることがよくわかります。
儀同三司母の他の呼び名とは?
彼女は平安時代中期において文才に優れた女性で、その名は宮廷の内侍としての役職に由来します。
また、「儀同三司母」という名前は、息子の藤原伊周が高位にあったことから、准大臣である「儀同三司」に関連して名づけられました。彼女の生涯は栄華と不遇の両方を経験したものです。
まとめ|百人一首『54番』のポイント
- 原文:忘れじの ゆく末までは かたければ 今日をかぎりの いのちともがな
- 読み方:わすれじの ゆくすえまでは かたければ きょうをかぎりの いのちともがな
- 決まり字:わすれ(三字決まり)
- 現代語訳:「いつまでも忘れない」とあなたは言ってくれたけれど、その愛が未来まで変わらないことは難しい。だからこそ、その愛を信じた今日この日に命が終わってしまえばいいのに
- 背景:平安時代の結婚制度「通い婚」による女性の不安を反映した歌で、新婚当初の幸せと未来への不安が込められている
- 語句解説①:忘れじの‐「いつまでも忘れない」という意志を示し、夫(藤原道隆)の誓いを表す
- 語句解説②:ゆく末までは‐「将来」「遠い未来」を指し、和歌全体で「未来まで変わらないこと」を示す
- 語句解説③:かたければ‐「難しいので」という意味で、形容詞「難し」の已然形「難け」+接続助詞「ば」
- 語句解説④:今日をかぎりの‐「今日を最後に」という意味で、夫が「忘れない」と誓った日を指す
- 語句解説⑤:いのちともがな‐「命であればよいなあ」という願望を表し、「もがな」は強い願いを示す終助詞
- 作者:儀同三司母(高階貴子)
- 作者の業績:和歌の才能を認められ、「女房三十六歌仙」の一人として知られる
- 出典:新古今和歌集(1205年成立)
- 出典の収録巻:恋・1149番
- 語呂合わせ:「わすれ いのち(忘れないで命の大切さ)」
- 豆知識①:命ともがなの意味‐今日この瞬間に命が尽きてしまえば良いのにという願いを表す
- 豆知識②:歴史事件との関わり‐作者の息子・藤原伊周が「長徳の変」を起こし、一族が没落する結果となった
- 豆知識③:儀同三司母の他の呼び名‐本名は高階貴子(たかしなのきし/たかこ)、高内侍(こうのないし)