百人一首の第57番は、紫式部(むらさきしきぶ)が詠んだ、再会の喜びと別れの寂しさを情緒豊かに表現した歌として知られています。
百人一首『57番』の和歌とは
原文
めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲がくれにし 夜半の月かな
読み方・決まり字
めぐりあひて みしやそれとも わかぬまに くもがくれにし よはのつきかな
「め」(一字決まり)
現代語訳・意味
久しぶりに再会できたのに、それがあなたかどうかもわからないうちに、あっという間に帰ってしまいました。まるで雲に隠れてしまう夜中の月のようです。
背景
百人一首の57番は、平安時代の才女・紫式部が詠んだ和歌です。この歌が詠まれた背景には、幼い頃からの友人との久しぶりの再会がありました。しかし、その再会はごく短い時間で終わってしまい、心残りがあったのです。
当時の平安時代は、現代のように簡単に連絡を取り合ったり会ったりすることは難しく、都を離れること自体が大きな別れを意味しました。そのため、偶然の再会は非常に貴重なものだったのです。また、紫式部は都を離れた父に同行し、越前での孤独な生活を経験しており、その寂しさや切なさがこの歌にも反映されていると考えられています。
この背景を理解すると、紫式部が再会を惜しむ気持ちやその瞬間に抱いた切なさが、より深く感じられるでしょう。
語句解説
めぐり逢ひて | 久しぶりに巡り会ったことを意味します。この歌では再会の対象を「月」としていますが、実際は幼馴染の友人との再会を表しています。 |
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見しやそれとも | 「見し」は過去を表す助動詞「き」の連体形。「や」は疑問を示す係助詞、「それ」は目の前の対象を指します。「それがそうだったのかどうか」という意味です。 |
わかぬ間に | 動詞「わく(分ける)」の未然形「わか」と、打消の助動詞「ず」の連体形「ぬ」を合わせた表現。「見分けがつかないうちに」という意味になります。 |
雲がくれにし | 月が雲に隠れることを指します。この歌では、再会した友人が短時間で帰ってしまうことを月の動きにたとえています。「にし」は完了を表す助動詞「ぬ」の連用形に、過去を表す助動詞「き」の連体形を接続したものです。 |
夜半の月かな | 「夜半(よは)」は夜中や夜更けを意味します。「かな」は詠嘆を表す終助詞で、「〜だなあ」といった感情を込めています。この部分で歌全体の感情が締めくくられています。 |
作者|紫式部
作者名 | 紫式部(むらさきしきぶ) |
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本名 | 藤原香子と推定される |
生没年 | 970年(天禄元年)頃~1014年(長和3年)頃 |
家柄 | 藤原為時(ふじわらのためとき)の娘で、中流貴族の家系。父は文学に秀でた学者であり、官職は「式部丞(しきぶのじょう)」。 |
役職 | 一条天皇の中宮・彰子(しょうし)に仕えた女房(宮廷女性)。 |
業績 | 世界最古の長編恋愛小説『源氏物語』の著者。中古三十六歌仙、女房三十六歌仙に数えられる和歌の名手。 |
歌の特徴 | 私生活や感情を題材にした歌が多く、身近な出来事を例えを用いて詠む。繊細で洗練された表現が特徴。 |
出典|新古今和歌集
出典 | 新古今和歌集(しんこきんわかしゅう) |
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成立時期 | 1205年(元久2年) |
編纂者 | 藤原定家(ふじわらのていか)、藤原家隆(ふじわらのいえたか)、源通具(みなもとのみちとも)などの歌人 |
位置づけ | 八代集の8番目の勅撰和歌集 |
収録歌数 | 約1,980首 |
歌の特徴 | 情調的で象徴的な表現が特徴で、余情や幽玄を重んじた繊細な歌風を持つ。初句切れや三句切れ、体言止めなどの技巧を多用し、貴族の失望感や虚無感を反映。 |
収録巻 | 「雑上」1499番 |
語呂合わせ
めぐりあひて みしやそれとも わかぬまに くもがくれにし よはのつきかな
「め くもがくれ(めぐちゃん 雲隠れ)」
百人一首『57番』の和歌の豆知識
実は「恋の歌」かもしれない?
しかし、一部の解釈では、この再会の相手は単なる友人ではなく、紫式部が密かに心を寄せていた人物ではないかという説もあります。「めぐり逢ひ」という言葉は恋の歌にもよく使われる表現であり、夜中の月というロマンチックなイメージも、恋心を匂わせる要素です。
実際のところ、相手が友人だったのか、特別な存在だったのか、想像を膨らませるのもこの歌の楽しみ方の一つです。
「月」と「めぐる」は特別な関係
縁語とは、意味や連想が自然に結びつく言葉同士のことを指します。例えば、「月」は夜空を巡る天体であり、「めぐる」という言葉には「巡り合う」や「再び出会う」という意味があります。この関係性が歌に深い意味合いを持たせ、再会の儚さや切なさを美しく表現しています。知っていると、和歌の表現がより立体的に感じられるでしょう。
百人一首『57番』の表現技法とは?
まず、「めぐり逢ひて」や「雲がくれ」という言葉は月の動きを用いた縁語として使われています。これにより、単なる再会と別れの描写が、自然や情景と結びつけられ、深みを増しています。
また、「かな」という詠嘆の表現で、感情の余韻を読者に伝える工夫も見られます。
この歌は字余りの形式ですが、それがかえって短い再会と別れの焦燥感を効果的に表現しています。こうした技法により、再会の喜びと別れの寂しさが洗練された形で描かれています。
「雲隠れにし」とはどういう意味ですか?
具体的には、再会した相手が短い時間で帰ってしまったことを暗示しています。平安時代には、自然の動きや景色を人の感情や行動にたとえる表現がよく用いられました。この表現により、別れの儚さや切なさが、雲間に隠れる月の一瞬の美しさと結びついています。紫式部の感情が、自然とともに情緒豊かに描かれています。
まとめ|百人一首『57番』のポイント
- 百人一首『57番』は紫式部が詠んだ和歌である
- 「めぐり逢ひて」で始まる一字決まりの歌である
- 決まり字は「め」の一字で確定する
- 現代語訳は「再会の短さと別れの寂しさ」を表現している
- 出典は『新古今和歌集』である
- 『新古今和歌集』の「雑上」巻1499番に収録されている
- 紫式部の歌で特徴的な縁語が使われている
- 「めぐり逢ひて」や「雲がくれ」は月を象徴する縁語である
- 字余りが再会の焦燥感を効果的に表現している
- 作者の紫式部は『源氏物語』の作者としても知られる
- この歌は友情を詠んだ歌とされている
- 再会の相手は幼馴染とされているが諸説ある
- 「雲隠れにし」は別れの儚さを象徴している
- 藤原定家が選定した百人一首に収められている
- 和歌の「かな」は詠嘆を表す表現で感情の余韻を強調している
- 『新古今和歌集』の歌風は象徴的で繊細な表現が特徴である