百人一首『75番』契りおきし させもが露を 命にて あはれ今年の 秋もいぬめり(藤原基俊)

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百人一首の第75番は、作者藤原基俊(ふじわらのもととし)が詠んだ、約束が果たされなかった無念さと、秋の物寂しい情景を重ねた歌として知られています。

百人一首『75番』の和歌とは

原文

契りおきし させもが露を 命にて あはれ今年の 秋もいぬめり

読み方・決まり字

ちぎりおきし させもがつゆを いのちにて あはれことしの あきもいぬめり

ちぎりお」(四字決まり)

現代語訳・意味

あなたが「任せておけ」と約束してくださった、さしも草についた露のようなありがたいお言葉を、命綱のように頼りにしておりましたのに、ああ、今年の秋もむなしく過ぎていくようです。

背景

この歌は、平安時代後期の歌人・藤原基俊が、自身の息子・光覚(こうかく)のために詠んだものです。

光覚は興福寺の名誉ある維摩会(ゆいまえ)の講師に選ばれることを願い、基俊は当時の権力者・藤原忠通(ただみち)にその任命を頼みました。忠通は「任せておけ」と約束しましたが、光覚は結局講師には選ばれませんでした。その結果、基俊は約束が果たされなかった無念さや、時間だけが過ぎていく虚しさを歌に込めました。

当時の社会では、地位や名誉は家族全体の誇りでもあり、その機会が失われたことは基俊にとって深い失望であったと考えられます。この歌は、時代を超えても変わらない親心や人間関係の複雑さを伝えています。

語句解説

契りおきし(ちぎりおきし)「契りおき」は「約束しておく」という意味です。「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、「約束しておいた」という意味になります。
させもが露(させもがつゆ)「させも草」は「ヨモギ」のことを指します。平安時代には万能薬として重宝されていました。「露」は恵みや期待を象徴し、約束された言葉の尊さを表しています。
命にて(いのちにて)「命のように大切にして」「頼みにして」という意味です。
あはれ(あはれ)「ああ」と感情が込められた感動詞です。悲しみや無念さ、諦めの気持ちが込められています。
今年の秋も(ことしのあきも)「今年もまた秋が過ぎていく」という意味です。約束が果たされないまま、時間だけが過ぎ去ることを表現しています。
いぬめり(いぬめり)「いぬ」は「往ぬ(いぬ)」で「過ぎ去る」という意味の動詞です。「めり」は推量や婉曲を表す助動詞で、「~のようだ」「~だろう」という意味になります。「秋も過ぎ去ってしまうようだ」という意味です。

作者|藤原基俊

作者名藤原基俊(ふじわらのもととし)
本名同上
生没年1060年(康平3年)~1142年(永治2年)
家柄藤原北家中御門流。藤原道長の曾孫。名門貴族の出身。
役職従五位上・左衛門佐(さえもんのすけ)
業績『千載和歌集』をはじめとする勅撰和歌集に多くの歌が収録されている。和歌の指導者として活躍し、後の名歌人・藤原俊成(百人一首撰者・藤原定家の父)を弟子とした。
歌の特徴古典的で格式高い歌風を重んじた保守派の代表的歌人。繊細で情感豊かな表現が多く、感情の機微を自然や季節の情景に重ね合わせる技巧に優れていた。

出典|千載和歌集

出典千載和歌集(せんざいわかしゅう)
成立時期1188年(文治4年)
編纂者藤原俊成(ふじわらのしゅんぜい)
位置づけ八代集の7番目の勅撰和歌集
収録歌数1,288首
歌の特徴平安末期の幽玄で温雅な歌風を特徴とし、新奇を抑えた調和の美を追求。釈教や神祇に特化した巻があり、雑歌には長歌や旋頭歌も収録。
収録巻「雑」1023番

語呂合わせ

ちぎりおきし させもがつゆを いのちにて あはれことしの あきもいぬめり

ちぎりお いぬ(ちぎり尾 犬)

百人一首『75番』の和歌の豆知識

親バカの和歌!?平安時代も変わらない親心

この歌は、一言で言うと「親バカの嘆きの歌」ともいえる作品です。

藤原基俊は、息子・光覚(こうかく)が名誉ある興福寺の維摩会(ゆいまえ)の講師に選ばれることを願い、権力者の藤原忠通(ただみち)に頼みました。

忠通は「任せておけ」と言ったものの、光覚は選ばれませんでした。この約束が果たされなかったことに対し、基俊は無念さを込めてこの歌を詠んだのです。

現在でも「子どものために良い学校や職業を用意したい」と願う親心は変わりません。このように、平安時代も現代も、親が子どもの成功を願う気持ちは同じであり、だからこそこの歌は多くの人に共感を呼ぶのかもしれません。

「契りおきし」の約束は本当に嘘だった?

この歌では、藤原忠通が基俊に「光覚を講師にする」と約束したのに、それが守られなかったことを嘆いています。

本当に忠通は約束を破ったのでしょうか?実際のところ、当時の政治的な事情や他の候補者との関係もあり、忠通が本当に力を尽くしたのかは分かりません。つまり、「できるだけ努力はするけれど、確約はできない」という意味だった可能性もあるのです。

しかし、基俊にとっては「約束=絶対に実現されること」だったため、結果として嘆きの歌となりました。このように、言葉の解釈の違いが生んだすれ違いが、時代を超えても共感できるポイントになっています。

「させもが露」って何?薬草のヨモギが出てくる理由

この歌に出てくる「させもが露」とは、「させも草(=ヨモギ)」に降りた露のことを指します。

ヨモギは平安時代に「万能薬」として重宝されていました。そのため、ここでは「させも草」が「頼れるもの」、そして「露」が「恵みや期待」を象徴しています。

藤原基俊は、忠通の約束をこの「させもが露」にたとえ、「あのときの約束(=恵みの露)を頼りにしていたのに、結局実らなかった」と嘆いているのです。

また、「露」はすぐに消えてしまうことから、「信じていた約束があっけなく消えた」という儚さも表しています。自然の情景を使って人間の心情を表現するのが和歌の魅力であり、この歌もその良い例の一つです。

まとめ|百人一首『75番』のポイント

この記事のおさらい
  • 原文:契りおきし させもが露を 命にて あはれ今年の 秋もいぬめり
  • 読み方:ちぎりおきし させもがつゆを いのちにて あはれことしの あきもいぬめり
  • 決まり字:ちぎりお(四字決まり)
  • 現代語訳:あなたが「任せておけ」と約束してくださった、さしも草についた露のようなありがたいお言葉を頼みにしていたのに、今年の秋もむなしく過ぎていくようだ
  • 背景:藤原基俊が、息子・光覚が興福寺の維摩会の講師に選ばれるよう願い、藤原忠通に頼んだが実現しなかった無念さを詠んだ歌
  • 語句解説①:契りおきし‐「約束しておいた」という意味。「契り」は約束、「おき」は「~しておく」を表し、「し」は過去の助動詞
  • 語句解説②:させもが露‐「させも草(ヨモギ)」に降りた露を指し、約束や希望を象徴する
  • 語句解説③:命にて‐「命のように大切にして」「頼みにして」という意味
  • 語句解説④:あはれ‐「ああ」と感情を込めた感動詞。無念さや悲しみを表す
  • 語句解説⑤:今年の秋も‐「今年もまた秋が過ぎていく」という意味で、時の流れとともに期待が消えたことを示す
  • 語句解説⑥:いぬめり‐「いぬ」は「往ぬ(いぬ)」で「過ぎ去る」、「めり」は推量を表し、「秋も過ぎてしまうようだ」という意味
  • 作者:藤原基俊(ふじわらのもととし)
  • 作者の業績:勅撰和歌集『千載和歌集』をはじめとする多くの歌を収録し、藤原俊成(藤原定家の父)を弟子とした
  • 出典:千載和歌集(せんざいわかしゅう)
  • 出典の収録巻:雑・1023番
  • 語呂合わせ:ちぎりお いぬ(ちぎり尾 犬)
  • 豆知識①:親バカの和歌!?‐藤原基俊が息子・光覚の昇進を願い、藤原忠通に頼んだが叶わなかった無念さを詠んだ歌
  • 豆知識②:「契りおきし」の約束は本当に嘘だった?‐忠通は確約したわけではなく、政治的な事情で実現しなかった可能性もあるが、基俊にとっては「約束=必ず実現されるもの」だった
  • 豆知識③「させもが露」って何?‐させも草(ヨモギ)は平安時代の万能薬。「露」は約束や希望の象徴だが、すぐに消えてしまうものでもあり、約束が儚く消えたことを表している
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