百人一首『76番』わたの原 こぎいでてみれば 久方の 雲居にまがふ 沖つ白波(法性寺入道前関白太政大臣)

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百人一首の第76番は、作者 法性寺入道前関白太政大臣(藤原忠通) が詠んだ、広大な海と空、白波と雲の美しい対比を描いた歌として知られています。

百人一首『76番』の和歌とは

原文

わたの原 こぎいでてみれば 久方の 雲居にまがふ 沖つ白波

読み方・決まり字

わたのはら こぎいでてみれば ひさかたの くもいにまがふ おきつしらなみ

わたのはら こ」(六字決まり)

現代語訳・意味

大海原に船で漕ぎ出してずっと遠くを眺めてみると、はるか沖合に白い雲と見間違うほどの白波が立っているのが見えたよ。

背景

百人一首『76番』は、平安時代末期に藤原忠通によって詠まれた歌です。この歌は、崇徳天皇が催した「内裏歌合(だいりうたあわせ)」という宮中の和歌会で、「海上の遠望」を題として詠まれました。当時の藤原忠通は、摂政や関白を務める立場にあり、政治的にも文化的にも高い地位にいました。

また、この歌が詠まれた背景には、貴族社会における自然観や美意識が色濃く反映されています。広大な海の風景を詠んだこの歌は、平安貴族の優雅さや自然を愛でる心が感じられる一首です。

語句解説

わたの原(わたのはら)広々とした大海原を意味します。「わた」は「海」の古い表現です。
こぎいでて(漕ぎ出でて)船を漕ぎ出して海へ出ることを意味します。「漕ぎ出でて」は、船に乗り出して進む動作を表します。
みれば(見れば)見渡してみると、という意味です。マ行上一段動詞「見る」の已然形に、接続助詞「ば」がつき、確定条件を表します。
久方の(ひさかたの)天や空、月、雲など、天空に関わる言葉にかかる枕詞です。ここでは「雲居」にかかっています。
雲居(くもい)雲そのもの、または雲のある空を意味します。この歌では「白い雲」の意味で使われています。
まがふ(まがう)混じり合って見分けがつかなくなる、という意味です。この歌では「白波が雲と見間違うほど似ている」という意味になります。
沖つ白波(おきつしらなみ)沖合に立つ白い波のことです。「つ」は古語の格助詞で、現代語の「の」にあたります。

作者|法性寺入道前関白太政大臣

作者名法性寺入道前関白太政大臣(ほっしょうじにゅうどうさきのかんぱくだいじょうだいじん)
本名藤原忠通(ふじわらのただみち)
生没年1097年(永長2年)~1164年(長寛2年)
家柄藤原北家の出身。摂関家の一員で、藤原忠実の次男。
役職摂政、関白、太政大臣を歴任。藤原氏の氏長者として権力を握る。
業績保元の乱で後白河天皇側につき、勝利して地位を回復。書道の「法性寺流」の祖とされる。和歌や漢詩にも優れ、文化的功績を残した。
歌の特徴雄大で壮麗な自然描写が得意。孤独感よりも、堂々とした余裕と威厳が感じられる。

出典|詞花和歌集

出典詞花和歌集(しかわかしゅう)
成立時期1151年(仁平元年)
編纂者藤原顕輔(ふじわらのあきすけ)
位置づけ八代集の6番目の勅撰和歌集
収録歌数409首
歌の特徴保守と革新の調和を目指し、前代の曾禰好忠や和泉式部の歌や、当代の大江匡房や崇徳院の歌が多く収録されています。藤原顕輔が編集し、好忠の「戯れ歌」を重視しています。
収録巻「雑下」 382番

語呂合わせ

わたのはら こぎいでてみれば ひさかたの もいにまふ おきつらなみ

わたのはらこ くがし(わたのはらこ四角)

百人一首『76番』の和歌の豆知識

海の風景が象徴するものとは?

百人一首『76番』の歌に登場する広大な海と空、白波と雲は、単なる風景描写ではなく、さまざまな象徴的な意味を持っています。

この歌では、遠くの白波が雲と見間違うほど広がる壮大な情景が描かれています。これは、貴族社会における美意識や、自然に対する畏敬の念を表しているとも考えられます。

また、作者の藤原忠通は当時、政治的な権力を持つ立場にありました。そのため、この果てしない海の風景は、自身の地位や権力の大きさを暗示している可能性もあります。

さらに、波と雲の対比は「混じり合うもの」「区別がつかなくなるもの」として、変化や曖昧さを示しているとも解釈できます。このように、歌に詠まれた風景は単なる情景ではなく、深い意味を含んでいるのです。

「法性寺関白」とは?

「法性寺関白」とは、百人一首『76番』の作者である藤原忠通の通称です。

「法性寺」は、彼が晩年に出家して拠点とした寺の名前を指します。「関白」とは、天皇を補佐する最高の官職の一つで、忠通は関白や摂政を長年務めた人物でした。

そのため、「法性寺関白」とは「法性寺に入った元関白」という意味になります。忠通は藤原氏の長として政治の中枢にいましたが、晩年には政争を経て出家し、仏道に生きる道を選びました。

この肩書きは、彼の波乱に満ちた人生を象徴するものとも言えます。また、彼は書道にも優れ、「法性寺流」という流派を生み出すなど、文化的な功績も残しました。単なる政治家ではなく、芸術や和歌の世界にも影響を与えた人物だったのです。

小野篁の歌との共通点

百人一首『76番』の歌は、百人一首『11番』の小野篁(おののたかむら)の歌「わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣舟」との共通点が多いとされています。

両者とも「わたの原(広い海)」をテーマにしており、船を漕ぎ出す情景を描いています。ただし、両者の雰囲気は大きく異なります。小野篁の歌は、孤独な旅立ちや都への未練が感じられるのに対し、藤原忠通の歌は、堂々とした自然の雄大さを前面に押し出しています。

また、小野篁の歌は隠岐への流刑に関連するものと考えられ、厳しい運命を示唆していますが、藤原忠通の歌にはそうした悲壮感はなく、純粋に自然の美しさを楽しむ姿勢がうかがえます。同じ「わたの原」を詠んだ歌でも、作者の立場や心情の違いによって大きく印象が変わるのが興味深い点です。

まとめ|百人一首『76番』のポイント

この記事のおさらい
  • 原文:わたの原 こぎいでてみれば 久方の 雲居にまがふ 沖つ白波
  • 読み方:わたのはら こぎいでてみれば ひさかたの くもいにまがふ おきつしらなみ
  • 決まり字:わたのはら こ(六字決まり)
  • 現代語訳:大海原に船で漕ぎ出し、遠くを眺めると、沖の白波が雲と見間違うほど立っているのが見えた
  • 背景:崇徳天皇が主催した内裏歌合で「海上の遠望」を題として詠まれた歌で、貴族の自然観が反映されている
  • 語句解説①:わたの原‐広大な海を意味し、「わた」は古い言葉で「海」を指す
  • 語句解説②:こぎいでて‐船を漕ぎ出して進むことを意味する
  • 語句解説③:みれば‐「見てみると」という意味で、順接の確定条件を表す助詞「ば」がついている
  • 語句解説④:久方の‐空や雲、天に関する言葉にかかる枕詞で、「雲居」に関連する
  • 語句解説⑤:雲居‐雲そのもの、または空を意味する
  • 語句解説⑥:まがふ‐「混じり合って見分けがつかない」ことを表す
  • 語句解説⑦:沖つ白波‐沖合に立つ白波のこと。「つ」は古語の格助詞で「の」に相当する
  • 作者:法性寺入道前関白太政大臣(藤原忠通)
  • 作者の業績:保元の乱で後白河天皇側につき勝利し、書道流派「法性寺流」の祖とされる
  • 出典:詞花和歌集(しかわかしゅう)
  • 出典の収録巻:雑下・ 382番
  • 語呂合わせ:わたのはらこ くがし(わたのはらこ四角)
  • 豆知識①:海の風景が象徴するもの‐自然の壮大さや貴族の美意識、または権力の大きさを表しているとも考えられる
  • 豆知識②:「法性寺関白」とは‐法性寺は藤原忠通が晩年に拠点とした寺で、「関白」はかつての役職を指すため、「法性寺に入った元関白」の意味になる
  • 豆知識③:小野篁の歌との共通点‐「わたの原」をテーマにしているが、小野篁の歌は孤独感が漂い、藤原忠通の歌は自然の壮大さが強調されている
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