百人一首の第79番は、平安時代後期の歌人・藤原顕輔(ふじわらのあきすけ)が詠んだ、秋の月夜の美しさを繊細に表現した一首として知られています。
百人一首『79番』の和歌とは
原文
秋風に たなびく雲の たえ間より もれいづる月の 影のさやけさ
読み方・決まり字
あきかぜに たなびくくもの たえまより もれいづるつきの かげのさやけさ
「あきか」(三字決まり)
現代語訳・意味
秋風に吹かれて横に流れる雲の切れ間から、こぼれ出る月の光はなんと澄みきって美しいことだろう。
背景
百人一首『79番』は、平安時代後期の歌人・藤原顕輔によって詠まれました。この歌は、崇徳天皇の命により詠まれた「久安百首」に収録され、その後『新古今和歌集』にも収められています。
当時の貴族たちは、自然の風景や季節の移り変わりを和歌に詠み込むことで、心情や教養を表現しました。特に秋は、物寂しさや美しさが際立つ季節として愛され、月はその象徴的な存在でした。
この歌では、秋風にたなびく雲の切れ間から差し込む月の光が、静かで澄み切った美しさをもって描かれています。顕輔の繊細な感性と技法が結集された一首であり、平安時代の和歌文化の高さを伝える作品です。
語句解説
秋風にたなびく | 「に」は原因や理由を示す助詞。「たなびく」は「横に長く伸びる」という意味。全体で「秋風に吹かれて、雲が横に長く流れる」という意味になります。 |
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雲のたえ間より | 「たえ間」は「切れ間」や「途切れた部分」のこと。「より」は「~から」を意味する助詞。合わせて「雲の切れ間から」という意味になります。 |
もれいづる | 動詞「もれいづ」は「もれ出づ」の連体形。「こぼれ出る」「漏れ出る」という意味です。ここでは「雲の切れ間から月光がこぼれ出る様子」を表しています。 |
月の影 | 「影」は「光」のことを意味します。したがって、「月の影」は「月の光」という意味になります。 |
さやけさ | 形容詞「さやけし」の名詞形。「澄みわたっていて、くっきりしていること」を意味します。 |
作者|左京大夫顕輔
作者名 | 左京大夫顕輔(さきょうのだいぶあきすけ) |
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本名 | 藤原顕輔(ふじわらのあきすけ) |
生没年 | 1090年(寛治4年)~1155年(久寿2年) |
家柄 | 六条藤家(ろくじょうとうけ)に属する、歌道の名門家系 |
役職 | 正三位・左京大夫(さきょうのだいぶ)を務めた高位の公卿 |
業績 | 勅撰和歌集『詞花和歌集(しかわかしゅう)』の撰者として知られる |
歌の特徴 | 自然描写が美しく、繊細な表現が際立つ。秋や月を題材にした歌が多い。 |
出典|新古今和歌集
出典 | 新古今和歌集(しんこきんわかしゅう) |
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成立時期 | 1205年(元久2年) |
編纂者 | 藤原定家(ふじわらのていか)、藤原家隆(ふじわらのいえたか)、源通具(みなもとのみちとも)などの歌人 |
位置づけ | 八代集の8番目の勅撰和歌集 |
収録歌数 | 約1,980首 |
歌の特徴 | 情調的で象徴的な表現が特徴で、余情や幽玄を重んじた繊細な歌風を持つ。初句切れや三句切れ、体言止めなどの技巧を多用し、貴族の失望感や虚無感を反映。 |
収録巻 | 「秋」413番 |
語呂合わせ
あきかぜに たなびくくもの たえまより もれいづるつきの かげのさやけさ
「あきか もれ(秋風もれる)」
百人一首『79番』の和歌の豆知識
「秋風」の情景はどんなもの?
平安時代の人々は、自然のわずかな変化にも敏感で、秋風が吹くと季節の移り変わりや自然の儚さを感じ取っていました。さらに「秋風にたなびく雲」と続けることで、風が雲をゆっくりと動かし、その切れ間から月光が差し込む情景が自然と浮かび上がります。
このように、「秋風」という言葉には単なる気象現象を超えた、情緒的な意味が込められているのです。和歌の言葉には、目には見えない風景や心情までが込められています。
「月の光」はなぜ「影」と書くの?
特に月の場合は「月の影=月の光」として使われます。これは、月の光が暗闇に柔らかく差し込み、その場所を照らし出す様子を詩的に表現しているからです。当時の人々にとって、月の光は単なる明かりではなく、心を落ち着かせる特別な存在でした。
この歌でも、「影のさやけさ」という表現を使うことで、月光の澄み切った美しさを静かに、かつ印象的に描き出しています。言葉の使い方一つで、自然の美しさや奥深さを表現できるのが和歌の魅力の一つです。
「久安百首」とは?
「久安百首」とは、いくつかのテーマに沿って100首の和歌を集めたものです。当時の和歌は単なる趣味ではなく、天皇や貴族たちの文化的教養を示す重要な手段でした。
「久安百首」には四季や恋、旅などさまざまな題材が含まれ、その中で顕輔のこの歌は秋の美しさを代表する一首として選ばれています。特に秋の月は平安時代の歌人たちにとって欠かせない題材であり、澄み切った月の光を描いたこの歌は、その代表格とも言えるでしょう。
「雲の絶え間より」とはどういう意味ですか?
この部分では、夜空にたなびく雲が一面を覆っている中、所々にできた隙間を指しています。そこから月の光がこぼれ出る情景を表現しています。雲が完全に消えるのではなく、「絶え間」(切れ間)からわずかに光が漏れるという点がポイントです。この表現によって、月明かりが一瞬だけ現れる儚さや、自然の中に潜む美しさが際立ちます。
また、「絶え間」は単に物理的な切れ間を指すだけでなく、秋の夜空に漂う雲の動きや、そこに映る月の光の輝きを強調する効果もあります。こうした自然の微妙な変化や一瞬の美しさを切り取るのは、和歌ならではの表現技法です。
まとめ|百人一首『79番』のポイント
- 百人一首『79番』は藤原顕輔によって詠まれた和歌
- 原文は「秋風に たなびく雲の たえ間より もれいづる月の 影のさやけさ」
- 読み方は「あきかぜに たなびくくもの たえまより もれいづるつきの かげのさやけさ」
- 決まり字は「あきか」で三字決まり
- 現代語訳は「秋風に吹かれて雲の切れ間から月の光が澄み切って美しい」
- 作者は藤原顕輔(ふじわらのあきすけ)
- 藤原顕輔は六条藤家出身の名門歌人
- 出典は『新古今和歌集』秋・413番
- 『新古今和歌集』は八代集の一つで1205年成立
- 「影」は月の「光」という意味で使われている
- 「秋風」は物寂しさや季節の移ろいを象徴する
- 「雲の絶え間より」は「雲の切れ間から」という意味
- 顕輔は勅撰和歌集『詞花和歌集』の撰者でもある
- 平安時代の貴族文化を反映した歌
- この和歌は「久安百首」に収録された
- 「久安百首」は天皇の命で詠まれた和歌集
- 月は秋の象徴として和歌に頻繁に詠まれた
- 当時の貴族は自然を通して心情を表現した