百人一首の第95番は、作者 前大僧正慈円(さきのだいそうじょう じえん)が詠んだ、動乱の世を生きる人々への救済の願いが込められた歌として知られています。
百人一首『95番』の和歌とは

原文
おほけなく うき世の民に おほふかな わが立つ杣に 墨染の袖
読み方・決まり字
おおけなく うきよのたみに おおうかな わがたつそまに すみぞめのそで
「おおけ」(三字決まり)
現代語訳・意味
身分不相応なことかもしれないが、この苦しい世の中に生きる人々を、比叡山に住みはじめた私の僧衣の袖で包み込んで救いたいと思う。

背景
百人一首『95番』の歌は、平安時代末期から鎌倉時代初期という激動の時代に詠まれました。戦乱や飢饉、疫病が相次ぎ、多くの人々が苦しい生活を強いられていました。武士が台頭し、貴族社会が衰退していく中で、社会の不安定さが広がっていたのです。
作者である前大僧正慈円は、天台宗の僧侶として人々の救済を願い、この歌を詠みました。特に、比叡山延暦寺に住むようになった際、仏法の力で「憂き世」の民を包み込みたいという強い理想が込められています。
また、この歌は天台宗の開祖・最澄の歌に影響を受けており、仏教的な使命感と社会への思いが反映された一首といえます。
語句解説
おほけなく | 「おほけなし」の連用形。「身分不相応である、恐れ多い」という意味 |
---|---|
うき世 | 「憂き世」と書き、「憂いが多い世の中」という意味。戦乱や困難の多い現実世界を指します。 |
民(たみ) | 一般の人々、世間の人々のこと。一般の人々、世間の人々のこと。 |
おほふかな | 「おほふ」は「覆う」の意味。「かな」は詠嘆の助詞で、「覆うことだなあ」と感動を表しています。 |
わが立つ杣(そま)に | 「杣」は木を切り出すための山のこと。意味は「私が住み始めたこの比叡山で」。 |
墨染の袖 | 僧侶が着る黒色の僧衣(衣)の袖のこと。 |
作者|前大僧正慈円

作者名 | 前大僧正慈円(さきのだいそうじょう じえん) |
---|---|
本名 | 藤原慈円(ふじわらのじえん) |
生没年 | 1155年(久寿2年)~1225年(嘉禄元年) |
家柄 | 藤原家の出身。関白・藤原忠通の六男で、摂政関白・九条兼実の弟。 |
役職 | 天台宗の僧侶で、4度天台座主(比叡山延暦寺の最高位)に任命された。最終的に大僧正の地位に就く。 |
業績 | 日本初の歴史論集『愚管抄』の著者。「新古今和歌集」に91首が選ばれるなど、歌人としても高い評価を受けた。 |
歌の特徴 | 仏教の教えや人生観が強く表れた歌が多い。動乱の時代背景を反映し、世俗の苦しみや人々の救済をテーマにした歌が目立つ。 |
出典|千載和歌集
出典 | 千載和歌集(せんざいわかしゅう) |
---|---|
成立時期 | 1188年(文治4年) |
編纂者 | 藤原俊成(ふじわらのしゅんぜい) |
位置づけ | 八代集の7番目の勅撰和歌集 |
収録歌数 | 1,288首 |
歌の特徴 | 平安末期の幽玄で温雅な歌風を特徴とし、新奇を抑えた調和の美を追求。釈教や神祇に特化した巻があり、雑歌には長歌や旋頭歌も収録。 |
収録巻 | 「雑」1137番 |
語呂合わせ
おおけなく うきよのたみに おおうかな わがたつそまに すみぞめのそで
「おおけ そそそ(多い毛 そそそ)」
百人一首『95番』の和歌の豆知識

「墨染の袖」に込められた特別な意味
「墨染」は仏教における清浄な心を象徴し、「住み初め」との掛詞としても使われています。つまり、慈円が新たに比叡山に住むことと、僧侶としての使命を重ねた表現です。
この言葉には、動乱の世の中で苦しむ人々を救いたいという慈円の強い決意が込められています。掛詞という技法を通じて、シンプルな言葉に深い意味を持たせているのが、この歌の面白いポイントです。
「杣(そま)」が意味する場所とは?
比叡山は、天台宗の開祖である最澄が開いた仏教の重要な拠点です。慈円は、この場所で新たに住むことを通じて、人々を救う理想を高らかに掲げました。また、この表現は最澄が詠んだ歌を踏襲しており、宗教的な伝統と自身の決意を結びつけたものとなっています。
若き日の慈円の情熱が詰まった一首
当時の慈円は、まだ若く、理想に満ち溢れていました。歌の中にある「身分不相応だが」と前置きしつつも、動乱の世を救いたいという力強い意志が感じられます。
後に『愚管抄』という歴史書を書く慈円ですが、この頃から社会を変えたいという思いが芽生えていたのかもしれません。若き日の熱い情熱を思わせる歌としても興味深い一首です。
まとめ|百人一首『95番』のポイント
- 原文:おほけなく うき世の民に おほふかな わが立つ杣に 墨染の袖
- 読み方:おおけなく うきよのたみに おおうかな わがたつそまに すみぞめのそで
- 決まり字:おおけ(三字決まり)
- 現代語訳:身分不相応かもしれないが、この苦しい世の中の人々を僧衣の袖で包み救いたいと思う
- 背景:平安末期から鎌倉初期の戦乱の時代に、慈円が仏教で人々を救いたいと願った歌
- 語句解説①:おほけなく‐身分不相応である、恐れ多いという意味
- 語句解説②:うき世‐憂いが多い世の中、困難に満ちた現実を指す
- 語句解説③:民(たみ)‐一般の人々、世間の人々
- 語句解説④:おほふかな‐覆うことだなあと感動を表現する詠嘆表現
- 語句解説⑤:わが立つ杣(そま)に‐私が住み始めた比叡山を意味する
- 語句解説⑥:墨染の袖‐僧侶の黒い僧衣の袖
- 作者:前大僧正慈円(本名:藤原慈円)
- 作者の業績:『愚管抄』の著者であり、「新古今和歌集」に91首が選ばれる歌人
- 出典:千載和歌集
- 出典の収録巻:雑・1137番
- 語呂合わせ:おおけ そそそ(多い毛 そそそ)
- 豆知識①:墨染の袖‐僧侶の衣を指すだけでなく、仏教的清浄さを象徴する表現
- 豆知識②:杣(そま)‐材木を切る山だが、この歌では比叡山を意味する
- 豆知識③:若き慈円の理想‐20代から30代に詠まれた理想と情熱が感じられる歌